NGOは難問の答えを出してくれる
NGOは慈善、医療、教育方面から、
難民が異国での生活適応における困難を改善すると同時に、
一般大衆が彼らの境遇を… Read More »
世界に目を向ける・戦禍はいつ止むのか
ウクライナ難民危機に関心が向けられている時に、慈済はシリアやミャンマー等の難民支援を、中断することなく続けている。… Read More »
福をもたらし、智慧を生む
お互いに感謝し合えば、
一切の煩悩を捨て去ることができる。
互いに祝福し合い、
見返りを求めないのは最も幸福な人生… Read More »
多元的に学ぶ・単なる接続か依存症か
問:教育性のあるゲームや知識豊かなソーシャルメディアのインフルエンサーの意見など、今、ネットには多くの素晴らしい講… Read More »
故郷は何処に?
ウクライナとロシアの戦争が勃発してから一月余りになる。国連難民高等弁務官室の統計によると、既に四百万人余りのウクラ… Read More »
心の葛藤を終わらせる
ロシア・ウクライナ戦争で大量の難民が発生する中、
災害支援活動は時間との戦いである。
どのようにして「禅定力」と「… Read More »
余生を送るための給油所
住み慣れた家で余生を送りたい――それが多くの高齢者の願いだ。しかし、医療が必要な時や家庭で一時的に十分な介護ができ… Read More »
辛い流浪の旅
五歳のムハンマド君は、イラクを出発して、長時間かけて徒歩でトルコ、ギリシャを経由し、しばらくセルビアの難民キャンプ… Read More »
六月の出来事
06・01
慈済大学はタイ・チェンマイ慈済学校と共同で、「青年オンライン学習伴走」プロジェクトを催してきた。3月2… Read More »
自分の棚卸しをする
自分の行いを振り返ってみましょう。
その全ては人間(じんかん)を利したでしょうか?
少しも偏りはありませんでしたか… Read More »
故郷に勝る場所はない
マレーシアでの生活はどうかと言われれば、
「少なくとも安全」としか言えない。
マレーシアは自由だが、空気の匂いがミ… Read More »
願力で進歩し続ける 台中市鄭驊琪さん
リサイクルボランティアには、それぞれ自分だけの人生物語と「環境保全との出会い」がある。今年四月初めに台中市福興リサ… Read More »
今月の内容
扉の言葉
編集者の言葉
聞・思・修
主題報道
證厳上人のお諭し
親と子と教師、三者の本音
実用的な一言
大地の守護者
行脚の軌跡
六月の出来事
20240820
能登半島地震 復興の道
石川県の北西部に位置する有名な輪島市白米千枚田は、元日の強い地震で被害を受け、千枚の棚田のうち、八割に亀裂が入るか、土砂で押し潰された。六月の強い日ざしの下で、農家の人々は田植えを済ませた田で草むしりをしていた。現地で農業が復興の道を歩んでいることの象徴だ。( 撮影・林玲悧)
20240720
能登半島地震 支援をここで終わらせてはならない
能登町役所の入口には、各地から寄せられたカードや布がいっぱい掲げられ、励ましのメッセージが書かれてあった。(撮影・顔婉婷)慈済基金会は能登半島地震の被災者ケアを続けている。7日から9日まで石川県鳳珠郡能登町で第二回の見舞金配付活動が行われ、5つの会場で722世帯に手渡された。
20240620
愛ある商店 地域の愛が集まる場所
台湾全土で2万軒以上の店と屋台が慈済の「愛ある商店」活動に参加している。店主は店に置かれた竹筒貯金箱に客が釣り銭を入れるのを見ると、嬉しくなる。店と客が一緒に善行して福を作っている。(挿絵・徐淑貞)
20240520
コーラン経筆写本─百、千刧経て、器用な手で復元された
胡光中さんは、大切に所蔵していたコーラン経筆写本を證厳法師に寄贈した。検証の結果、紀元15世紀から16世紀に、10人以上の人の手によって書き写されたものと判明した。紙が変色して脆くなっていたページには血痕や水シミ、カビ、虫食い跡、焦げ跡まで残っていた。修復士は細心の注意を払って修復し、2年余りを費やして、本来に近い状態に戻した。
20240420
高山の石地に新しい教室ができた─仏陀の故郷への恩返し
慈済ボランティアは、仏陀の故郷に長期滞在して、現地の住民たちが自助と助け合いをするよう導いている。2023年11月にネパール西部で強い地震が発生した時は、山間部の小学校でプレハブ教室の建設を支援したり、ルンビニで職業訓練を受けている女性たちが編んだ毛糸の帽子を送ったりして、生徒たちが安心して授業を受けられるようにした。
20240320
日本・能登半島地震─大雪に見舞われた半野外の仮設厨房
【台湾の慈善団体は、なぜやって来たのか】
比較的積雪の少ない能登半島に大雪が続いたこの冬、炊き出し支援を計画したのは、断水と地震被害で閉ざされた生活を送る住民に、ただ温かい食事を届けたい一心からだった。住民の感謝は親しみに変わり、慈済ボランティアとの絆が深まった。(詳細はp.64-89)(撮影・鍾佳玲)