快適な生活環境から踏み出した地域の婦人

林翠雲(リン・ツェイユン)

花蓮市
元クリーニング店経営者
リサイクル活動歴:28年

花蓮市美崙地区に住む林翠雲(リン・ツェイユン)さんは、仕事ができるだけでなく、話し上手なリサイクルの達人ですが、三十年前、證厳法師が環境保全を呼びかけた時、彼女は全くの門外漢でした。

「慈済が花崗山で『人間浄土を目指して』というイベントを催した年、私は初めて慈済と出会いました」。林さんは、一九九二年の「廃紙を回収して台湾の森林を助けよう」という活動で使い古した紙箱を持って行けば、テッシュと交換ができたことを覚えています。「私はテッシュが欲しかったのではなく、師姐(スージエ)たちがきれいに並んでいるのを見て、とても良い感じがしたのです」。

彼女は慈済に参加した後、娘の高校の教師だった張淑貞(チャン・スージェン)先生と知り合い、先生が指導している「花蓮環境保全行動チーム」に参加してから、ゴミの減量と資源回収に励みました。経営していたクリーニング店でも大量のビニール袋を使用していたため、夫と相談してコストに関係なく、クリーニングした服に紙袋を使い、お客さんには繰り返し使ってもらうようお願いしました。野菜を買いに行く時も入れ物を持って行き、自分でビニール袋を使わないだけでなく、お店や大衆、自治体にも呼びかけました。

呼びかけが影響して最も大きな成果を挙げたのが、「ゴミを地面に置かない」政策が花蓮で実現されたことです。

一九九六年のある晩のことを林さんは今でも覚えている、「私たちがある台北の師兄の家で夕食をご馳走になっていた時、師兄はゴミ収集車が来たと言って、ゴミを捨てに行きました」。

当時、花蓮では「親子車」と呼ばれるゴミ収集車があって、作業員が先ず「子車」を決まった場所に持って行き、定期的に「親車」がゴミを運び出していました。子車のゴミはいつもいっぱいで地上に散乱し、衛生上問題が多かったのです。そこで林さんはチームメンバーと一緒に花蓮市長に提案しました。市役所は先ず美崙地区で試験的に「ゴミを地面に置かない」方法を二カ月間行うことにしました。

それは容易なことではありませんでした。或る人はごみ収集の時間に遅れ、怒りのあまり、ゴミを林さんの店の前に置いたこともあり、区役所も抗議が殺到して、一度は止めようかと思いました。しかし、彼女と環境保全行動チームは諦めず、市長や各里長を説得することができ、「ゴミを地面に置かない」政策が回復し、花蓮県全域に広めました。一九九七年、林さんは環境保全の功労者として「全国環境保全推進功労ボランティア賞」を受賞しました。

「アメリカにいる親戚に呼ばれた時、法師は私に、向こうで経験談を大いに話してきてください、と言いました」。彼女は西部の大学や専門学校、花蓮の慈青研修会に始まって、太平洋の向こう側でも話をしました。しかし、その講演の内容は、道理を話すのではなく、自分のやってきたことや外出には携帯食器やハンカチを持参したり、市場に行く時は買い物籠や容器、袋を持っていくこと等でした。

当時、大声を上げて呼びかけた環境保全の観念は、今では常識になっています。高齢になってきた彼女は、以前のように「お節介」になる必要はなくても、相変わらず勇猛に精進し、小型トラックを運転して地域の拠点から回収物を集めています。また、宣伝用の旗も回収して特大のエコバッグを作ったりして、時間を無駄に過ごしません。

「その実、真の環境保全とはゴミの減量であって、元々、環境保全は簡単なことです。ただやるか、やらないかだけです」と林さんは悠然と語りました。


(慈済月刊六四五期より)

    キーワード :