私たちの脆さと強さ

三人の患者さんが立て続けに目の前で亡くなり、うち二人は新型コロナの患者で、親しい人が看取ることも許されなかった。患者の家族をケアしながら、私は突然、台湾の母親に会いたくなった!台湾への帰国は容易ではないとはいえ、人生で明日が先に来るか、それとも無常が先かは、誰にも分からないのだから…

二〇二〇年十二月十五日、アメリカワシントン国家大聖堂は三百回鐘を鳴らし、新型コロナによる肺炎で亡くなった三十万人を追悼した。鐘は約三十分間鳴り響き、重く長い時間が続いた。しかし、アメリカ政府がワクチンの接種を開始することを発表してから半月も経たない内に、初めてのイギリス変異株が、アメリカ国内で確認された。

二〇二〇年二月から、アメリカで初めて新型コロナウイルスによる死者が出ると、各地に不安が広がり、人々は病院に行かなくなった。自分がロサンゼルスで勤めていた病院の経験から言えば、以前は一日およそ三千人もの人が病院を訪れていたが、新型コロナの感染が爆発的になると、その数は三百人にも満たなくなった。患者が減ったことにより、病院は無給休暇制度を取り入れ、病院の行政担当者たちに早期退職希望者を募り始めた。そのため、私は自分から早期退職を申し出た。

退職後の生活は、自分にとって大きな変化でもあった。私はずっと、自分には一体何が出来るのかと考えていた。以前病院では病院内外の連絡を担当していたが、患者やその家族だけでなく、時には他の病院や養護施設と関わる機会もあった。運が良かったのは、正式に退職する前に、あるNPO法人のホスピスセンターでトラブル解決に協力する機会があったことだ。私が長年病院で働いていたこと、またもうすぐ退職することが分かると、面接に来てほしいと声をかけてもらった。そして私の人生に、ソーシャルワーカーとしての新たな幕が上がることになった。

生と死の狭間で伝わる想い

新しい仕事に就いたとはいえ、ホスピスの患者さんのために、依然として病院で忙しい日々を送る中、自分の目で新型コロナに負けない人々の優しさと希望を見ることができた。

以前務めていた病院は、毎日何百人という新型コロナの擬似感染者が運ばれて来て、医療従事者が三度も衛生機関に検査をするよう呼び出されたこともあった。第一線で感染防止に努めている人も日々不安の中にいることは容易に想像でき、仕事を休んだりストライキなどが起きるのも無理はない。ただ、その中で感動したのは、そこに残った医療従事者たちは普段の何倍もの仕事量をこなしているにもかかわらず、人を助けることを天職として、使命を全うしているのだ。

二〇二〇年四月初め、アメリカで感染して亡くなった人の数が、世界最多にまで上った。七月には、再度新型コロナの感染者数がピークに達し、患者の気管切開が必要なために、多くの病院が全ての手術を取りやめると宣言した。政府の感染防止策により、多くの患者が病院に運ばれた時、家族は中に入ることができなかった。そのため、病院の出入りが可能な私たちソーシャルワーカーが携帯やタブレットなどを利用して、病院での患者の状況を家族に知らせ、患者と家族はお互いの顔を見ることができるようになった。

新型コロナの影響により国境が封鎖され、異郷の地で生活している人は故郷に帰れない。慈済ボランティアであり、ホスピスのソーシャルワーカーでもある曾慈惠さん(左側)は、困難を乗り越え、がん患者が無事に中国山東に帰る手伝いをした。

その間、患者の家族は病院にいる身内を心配し、焦りや緊張などで、病院側との関係が冷え切ってしまい、多くの意見の食い違いによって、互いに信頼できない状態に陥っていた。私も、二十四時間以内に三人の患者の最期を看取った。その中の二人は新型コロナによる肺炎で、最期の時、側に慣れ親しんだ人は一人もいなかった。

コロナで死んだのであろうとなかろうと、命が終点に来た時、遺体の処理が問題になる。葬儀社がそのまま火葬できるのか?宗教が異なる家族の場合、遺体はどのように処理したらよいのか?喪失の痛みに苦しんでいる時、このような問題は、私たちソーシャルワーカーの介入で、一連の物事がスムーズに進むようになる。

これら家族に付き添って後事を処理していた時、私は突然台湾にいる年老いた母親のことを思い出さずにはいられなかった。「母はどうなるのか?母は八十三歳で、かなりの高齢だ。私は他人の面倒を見ているが、一体誰が私の母の面倒を見るのだろうか?」これも、二〇二〇年十一月に私が四十日間の休みをもらって台湾に帰国した原因の一つである。たとえ十四日間の隔離があっても、故郷に帰る気持ちに変わりはなかった。私はあまりにも多くの死を見届けて来たからだ!

人生は果たして明日が先に来るのか、それとも無常が先に来るのか、誰にも分からない。人は往々にして、無常が訪れた時、自分が所有しているものを殊更大切にする。台湾に帰国していた間、母親と過ごしただけでなく、花蓮に帰って證厳法師に慈済国連チームの仕事やシエラレオネ共和国での慈善活動プロジェクト、インドの貧困救済方案などについて報告した。

「使命を全うする人」に敬意を込めて

十二月末、私はアメリカのロサンゼルスに戻って、制御が効かなくなったコロナ禍に立ち向かった――人口約一千万人のロサンゼルス郡は、医療システムが十二月下旬にはほとんど崩壊し、集中治療室には空きがなく、救急車も長い列を成して、救急外来に入れずにいた。また死体安置所には遺体を納める余裕がなくなったため、政府は兵を出動させて事態の収拾を図った。

いつどんな時でも、地域住民の心を落ち着かせることがとても重要だ。慈済ボランティアは、疲れている医療従事者へのケアに一層力を入れなければならない。彼らは毎日多くの人が死んでいく中で、たとえ専門的な訓練は受けていても、生きていた人が次々と目の前で死んで行くのを見れば、無力感は大きくなっていく。たとえ経験豊富で、長年病院に努めている医者でさえも、人間が持ち合わせている心の脆さを感じる時もある。

全世界の新型コロナの感染者数の4分の1を占めているアメリカ。医療崩壊が迫る中、慈済ボランティアはロサンゼルス政府が設置している防疫ホテル(政府指定隔離施設)に出入りする許可を得て、実際に患者のケアや関係機関の運営に参加することができた。

そのため、当面の急務は第一線で感染防止に努めている人の心のケアである。慈済アメリカ総支部は毎月、地域で働いている医療従事者のために心温まるお茶会を開催している。診療所や社会福祉センターで働いている人たちが集まり、お互いの境遇を話し合い、様々な解決方法を討論している。交流プラットフォームを提供することで、情報を交換するだけでなく、互いに補完する機能も果たそうとしている。ボランティアは、かご盛りのフルーツや五穀粉、チョコレートなどを持ち帰ってもらっている。―あなたたちの苦労は分かっており、奉仕を皆が目にしていることを知って欲しい。

新型コロナウイルスによる感染症が発生すると誰が考えただろう。精一杯職務を堅守する「使命を全うする人」が、誰かが自分たちを見守っていることを知った時、元気が出てより遠くまで進むことができるのだ。新型コロナは人類に警鐘を鳴らした。今後も多くの試練が待っているだろうが、その時は皆が準備し、解決方法のない大きな変化の中で、危機が輝かしい人間性を発揮する転機となることを願っている。


(慈済月刊六五一期より)

アメリカの新型コロナの状況

▶1月15日の統計では、約2千3百万人が新型コロナに感染。

▶新型コロナの感染拡大が最も深刻な国であり、感染者数は2番目に多いインドの2倍。1月15日までの統計では、アメリカ全土で約38万人が感染で亡くなっている。

▶約1千万の人口を抱えるロサンゼルス郡は、1月上旬までの統計によると、感染者が83万人を超え、平均して6秒に1人が感染し、10分に1人が亡くなっている。

資料:アメリカCDC(疾病予防管理センター)

    キーワード :