離れるのは戻るため

サラリーマン兼介護者である彼女は息をつく暇がない。
これだけ多くの事をこなしていたのだと自分を認めた上で、
暫く介護現場を離れることにした。
心を空にして出直したいと思ったからだ。

衛生福利部の統計によると、両親と同居している独身の女性は、家庭介護者の約二十パーセント近くを占めているそうだ。独身の介護者は青春を費やして両親の愛に恩返しする一方で、理想を追求する自由を失い、仕事以外は殆ど自分の時間がない。まだ退職していない周満(ツォウ・マン)さんがその一例である。取れるだけの休假は全て、病院への付き添いや外国人労働者の申請手続きなど、切りのない煩雑な事に使ってしまっているが、幸いな事に上司は理解を示してくれている。両親が病気をしてからは、休暇は自分のために取るものではなくなった。病気した時だけ、「一日ゆっくり休もう!」と自分を説得する理由ができる。

周さんの性格は穏やかで、何事も先ず人のことを気遣う。両親は二人共九十歳で、二年ほど前、ほぼ同時に脳卒中を患った。父親は半身不随になり、母親は視力をほぼ失った。父親が入院していた時、兄弟姉妹は交代で世話に来たが、四カ月後に退院した時、近所の人は、「老人ホームに入れたら?」とアドバイスしてくれた。元々メンツにこだわる父親はどうしてもうんと言わず、「嫌だ!家があって子供がいるのに」と言い、家に住んで子供に交代で世話をさせると言い張った。

暫く苦労してみると、「体が続かない」と誰もが文句を言った。様々な方法で説得した結果、父親は外国人介護者の申請を承知した。ただ、間もなく、介護者が辞めてしまったので、同居していた周さんがその「大変な介護」という重い責務を担うことになった。

平日、両親が病院に行く時や日常生活のことは、彼女が一人で世話をしている。両親が夜中に起きて何かあるといけないので、両親の部屋で寝ている。一番我慢できないことは、部屋に尿器を置くことだった。用を足す時に部屋中に臭いが充満するが、頑固な父親の習慣なので、誰も変えることはできなかった。

「自然の流れで業を受け入れ、心さえ揺らがなければいいのです」。「仏法は未來に対する不安の気持ちを落ち着かせることができます」と言って、周さんはいつも自分を励ましている。苦しい時期が過ぎれば、業は消え、耐えて待つことができれば、逆境は過ぎ去る。

実は周さんが世話するのは両親だけではない。癌を罹った姉が、数年後にまた脳に腫瘍ができて入院して手術を受けたので、その後の治療の際も全て周さんが付き添ってきた。一人で家族三人を世話しているのである。週末や祭日は彼女にとっては休みではなく、シーツ洗いなどの切りのない家事で、労働が増えるだけである。サラリーマン兼介護者である彼女は息をつく暇がない。時間と体力が続かない時は、ボランティアをする時間を調整するしかない。そのようなことは彼女が喜んでしたいわけではないが、痩せて弱い体を疲労で終わらせてはならないのだ。

よかったのは、諦めずに父親とコミュニケーションを取った後、ようやく、コミュニティのデイケアセンターに行くことを承知してくれた。同じ年代の高齢者と交流するのは、脳と体の刺激になり、別の意味での病後のリハビリなのである。

朝は両親を送り届け、退勤後に迎えに行く。夜は折りたたみ式ベッドにマスクをつけて寝る。それでも、窒息しそうなほどの臭気を遮ることはできない。このようにして二年あまりを過ごしてきた。幸いなことに父親は性格が明るくなり、人との付き合いを嫌がらなくなったので、周さんは喜んだ。

一難去ってまた一難だと、周さんは笑ってこう言った。「逆境も成長する過程での縁であって、自分をより強くしてくれます。そうでもないと、こんなにいろいろな事が私に出来るなんて知る由もありませんでした」。両親のことが一段落してから姉にちょっとした家事を手伝ってもらうことになり、気分を一新して出直すためにも、ストレスの根源から遠ざかって、暫く家を離れることにした。

周さんは、自分はとても幸せ者だと言った。「慈済の活動に参加して、精神面で成長できました。病院ボランティアをすることで、病気の苦しみを見た故に、自分と家族を大切にするようになりました」。コミュニティでは、彼女は環境保護をテーマにした手工芸の先生である。「どんなボランティアでも役割を果たすために頭を使う必要があるので、ネガティブなことを考えなくなりました」と彼女は言った。

結婚していない彼女は、退職後の生活に期待している。早くから、人生の後半は、他人に「奉仕」することを生活の重点に置けるように計画してきた。年を取ることは、他人に奉仕してもらうのを待つものとは限らず、高齢者でも他人に奉仕できるのだ。

日本の「地域で老いる」とは、長年住んで来た所で自然に老いることであり、家からコミュニティに広がって、シルバー族の晚年の生活環境になることである。コミュニティは一つの大家族のようなもので、お互いに世話し合い、付き添うのである。周さんは、このような人文を尊重しており、今両親を介護している経験が将来、コミュニティのお年寄りたちの世話に役立つと思っている。だから、彼女は頑張って介護とケアのコースで学び、プロと接触することで新しい知識を吸收しようとしている。それは自分の老後の生活の準備でもある。では、周さん、忙しくしてください。

(慈済月刊六六七期より)

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