植物を抱きしめる 園芸・癒し・グリーンフィンガー

象山農園では、園芸療法士の黄盛璘さんが、大きなガジュマルのエネルギーを感じ取るという体験で模範を示し、両手で木を抱きかかえた。

研究報告によると、人類は互いにふれあい、抱擁することで、他人との関係を築くことができる。

ならば、植物との接触はどうなのか?草花の栽培は人類の心身にどのような影響をもたらすのだろう?

秋の初め、爽やかな涼風と共にきらめく太陽が降り注ぐ中、台北市郊外の象山農場にやって来た。園芸療法士の黃盛璘(ホワン・ションリン)さんが作業用のエプロンと短めの雨靴、ツバの広い日よけ帽子を身に付け、目に笑顔を浮かべて私たちを出迎えた。その自然体の清々しさは、宮崎駿のアニメに出てくる人物が目の前に現れたかのようだった。

「大自然に一歩足を踏み入れると、とてもリラックスした感じになりませんか?それは人類が自然に親しむDNAを持っているからで、それは大昔から引き継がれて来たのです」と、台湾園芸療法方面の先駆けである黄さんが言った。しかし、人類と自然の関係は次第に疎遠になり、土地を頼りに生活していた農業社会から、今日のような泥の汚れを嫌ったモダンな都会になるまで、わずか百年足らずのことである。

竹ザルの中の様々な生き生きとした葉っぱや花は、自然の中から採取した元素であり、全てが園芸療法士が行う五感体験の良い助手なのである。

人類と自然 緑の架け橋

象山農場は元々、都市郊外にあった荒地だった。黄さんは八年前から雑草の生い茂ったその荒地を癒しの場に変えた。そこには草花や四季の果樹がいっぱい植えられ、樹齢のあるガジュマルの木を農場の「保護樹」とした。植物のエネルギーを使って、各種の障害別のグループに奉仕した。

十八年前、黄さんはアメリカで園芸療法士の認証を得て帰国したが、丸々一年半経って、やっと初めてのケースに出会った。それから更に十八年後の今、現代人は益々、大自然の治癒力を必要としていると感じている。子供に「自然欠乏症(反応緩慢、注意力散漫、落ち着きがない、肥満)が見られ、新住民の二代目にもその傾向があり、園芸療法の必要性を感じている。黄さんは、園芸療法士の仕事は人と自然の架け橋を作ることだと思っている。

月曜日の午後の象山農場では、園芸療法士の張博然(チャン・ボーラン)さんが丁度、「グリーンフレンド」と題した多重障害別園芸療法講座を行なっていた。七名の視覚障害者と身体障害者が互いに助け合って、庭に植えて二週間になるそら豆を収穫していた。シソの花とフレンチマリーゴールドと一緒にサラダにするのだ。以前ファイバーアート関係の仕事をしていた張さんは、自分の創作インスピレーションは全て大自然に由来している、と言った。ある日、花粉のエネルギーに関する研究で偶然に園芸療法と出会い、とても興味を持って投入するようになった。「あらゆる補助的な治療の中で、園芸療法を使う方法が最も多元的です。DIYの手作り作業から飲食に至るまで、五感で感じ取ることができるのです。そして、園芸療法だけが生命体(植物)を通して治療するものです」。

黄さんは、次の条件を満たした植物が園芸療法に最適である、と付け加えた。一、生命力の強いもの(育ちやすい)二、五感を刺激してくれるもの(種類が多ければ多いほど良い)三、民俗、文化、生活と繋がりのあるもの。

スグリ草の葉っぱにはササキビのような皺があるのが分かり、よくササキビ(写真1)と間違われる。毛羽立ったシャクナゲの新葉は、視覚からも触覚からも人々に快適な癒し感をもたらしてくれる。(写真2)

触覚の魅力

多肉植物は近年、台湾ではよく癒しの植物として用いられている。多肉植物を愛する人がいる一方、それを育てるのが難しいという人もいる。唯一の共通認識は、丸々とした肉厚植物に触るだけで、人に安心感を与えてくれる点である。「植物の翻訳者」という本を書いた許小琬(シュー・シャオワン)さんが多肉植物に出会ったきっかけは、七、八年前に右手首に突然、原因もない痛みが走り、「なす術なし」と言われた状況下で、友人が多肉植物を育ててみたら、と言ってくれたことだった。思いもよらず、薬に頼ることもなく、治ってしまったのだ。

「園芸療法には決められた尺度があるわけではありませんが、実際、不思議な力を持っており、本人だけが分かるのです」。その後、許さんは肉厚植物の設計と組み合わせによる盆栽講座を開いた。その主な対象は、ストレスの多いサラリーマンや亜健康の状態にある人たちである。

園芸療法というのは、実は五感と切っても切れない関係にあると言う、日本の学者である野村順一さんの研究によると、人体が外部の刺激を感じるのは主に五種類の感覚によるもので、その中の八十七%は視覚、七%は聴覚、三%が触覚、二%が臭覚そして一%が味覚である。触覚と臭覚、味覚は占める割合がかなり低いが、身体と直接的にコンタクトし、特に香しい匂いと触覚が結合した場合、往々にして思いも寄らない効果をもたらすのだそうだ。

林試所植物園チームの助手である李俊緯(リー・ジュンウェイ)さんの最近の仕事は、園芸療法と関係があり、研究範囲は宜蘭の福山植物園から花蓮の大農大富平地森林までだったが、今年は山林地帯から都会まで足を伸ばしている。去年暮れに台北植物園に「五感植物治療庭園(ヒーリングガーデン)」を完成させ、市民を対象とした療法の一つとして、「ローラー拓本」講座を設けた。参加者は手のひらを使って均一の力で陶器の玉を転がしながら、植物の形や色を写しとるのである。「転がすという動作は、手の平の『労宮(ろうきゅう)』というツボを刺激します。マッサージすることで精神や心の治療ができる「特効」のあるツボであり、別の種類の保健的な効果があります」と彼は模範を示しながら詳細に説明した。

百坪に近い癒しの庭園で、何種類かの台湾原産植物が格別に私たちの注意を引きつけた。例えば、ササキビに似たキンバイザサ科の植物は、葉っぱが突き出ていて、プリーツスカートのようにシワが刻まれていて、目を閉じていても識別を間違えることはない。風を受けて揺れるチカラシバは、動物の尻尾のように見え、軽く触ってみると、纏わりつくような痒みを覚える。シラネアオイの葉っぱの裏はベルベットのようになっている。また、シソ科に属するキバナアキギリは、秋から冬にかけて真っ盛りである。李さんが軽く雄シベに触れて、花糸が花冠下部の特殊構造と連動すると、上にある雄シベがテコの原理で花粉を弾き出す。「実に面白いですね!」と側で撮影していた劉子正(リュウツーツン)さんが楽しそうに言った。

万芳病院の治療農園は、入院患者が感じる冷たい病院の環境とは別の一面を提供しており、快適なリラックスした庭になっている(写真上の2)。揚げ床設計した植物栽培は、車椅子使用者(写真3)にとって使いやすい。視覚障害者は触覚を使って植物を認知する(写真1)。

コンクリートジャングルでグリーンケア

「春桃」こと雷家芸(レイ・ジアイン)さんはよく、枯れそうな植物を復活させたり、植物に関する雑用を頼まれる。そこで彼女はフェイスブックに「春桃の花言葉」と題したファンページを立ち上げ、不定期に植物に関する様々な知識を共有している。園芸景観は元々、春桃さんが学んできたことであったが、園芸療法の領域に入ってから、高齢者や入学前の子供、特殊教育を受けている人たちに出会い、生き生きとした野外授業をすることで、皆に植物という新しい友人を紹介している。

話し方は穏やかだが、考えと筋道がはっきりしている春桃さんは私に、歩く生態観察授業に参加している人は、数多くの「視れども見えず」の植物に出会った後、一層環境生態に興味を持つようになった、と説明した。今では散歩すると、多くの顔見知りの「友」に出会うため、格別に楽しいものになっている。また、彼女の兄がアパートの十数階に住んでいるが、食べた後の柑橘類の種から植木を育て、春になるとたくさんの蝶々が飛んで来て、一家を大いに楽しませているそうだ。そして、彼女の子供たちは知らず知らずのうちに、電子機器よりも自然を楽しむようになっている。

ある学者は、園芸療法は心身に非常に有益であり、主に感覚を刺激して体の機能を活性化し、情緒の安定に寄与してくれることで、人的関係をスムーズにすることができる、と言ったことがある。しかし、高齢化に入った台湾社会は、お年寄りのケアは生理と安全を守る方面に重点を置いており、心身や社会方面での健康促進が足りないことが分かる。

春桃さんは特に両親と同じ世代の高齢者のことを心配している。「あの世代のお年寄りは、『子供を育てて老後に備える』という考えがあり、それ故に子供に対しての情がとても厚く、時には肉親の情による強制的な感情が生れることもあります。特に、彼らは自然と接した生活が多かったのですが、今はテンポの速い社会や狭い居住空間に束縛され、心理的なケアをとても必要としているのです」と彼女が言った。もし健康のために園芸に接することができれば、見慣れた植物を持ち帰ることで、別な意味での植物によるケアとなるのだ。

黃さんは、『園芸療法の世界に足を踏み入れる』という本の中で、「園芸療法の最大の特色は、使用する媒介が植物であり、ひとつの生命体として、育てる過程で、生命の変化である、「芽が出て、葉っぱが大きくなり、花が咲いて、散る」という生命の循環を感じ取ることができるのです。そして、植物がケアと庇護を必要としていると私たちが感じた時、自分に対して一層の自信につながるはずです」と書いている。

許小琬さんは様々な肉厚植物を主体に、盆栽講座を開設した(写真上の1)。苔植物の専門家である楊玉鳳さんはストッキングで球状の苔を作り、苔植物を使って生態教育(写真2)を広めている。手作りの苔植物の生態瓶(写真3)。

「病気する前に治療する」という未病学

台北市文山区にある万芳病院の八階に、患者を対象にした植物による癒しの空間である「万芳農園」がある。十一年前に開設された時、台湾で最も早く園芸療法を医療体系に取り入れた模範例となった。病院で二十年を超えるボランティアをしてきた陳翠燕(チェン・ツゥイイエン)さんは、最初は主にターミナルケア病棟の患者のケアを任されていたが、二〇一〇年に病院側から園芸療法専用農園の運営を任された。最初は楽しい農場という形式を採って、野菜を植えることで患者やその家族に付き添い、暫くの間、心身の不調を忘れさせていた。そして、植物が患者に与える癒しの効果を実感した後、彼女は園芸療法士の資格を取ることで、その人助けの仕事に一層力を入れよう、と決心した。

約千平米の広さがある農園は、周りをいっぱいの木本植物に囲まれている他、開けた空間にはハーブ植物区域、開花植物及び野菜園区域に区分けされており、高齢者や車椅子に座った人の利便性を考えて、病院は特別に植物を揚げ床にして植えるようにすると同時に、間隔を広げて、病床も通れるように設計した。地価が高い都市にこの緑の空間が生まれ、患者はいつでもローズマリーやラベンダーなどを手で触ることができ、自分の好みの野菜を植え、水やりして成長するのを待つ間、そよ風に吹かれ、鳥の鳴き声を聞くことで、暫時、心身をリラックスさせることができる。

「燕姉さん」と呼ばれる陳さんは、「以前、一人の洋食シェフが病院に来ましたが、ずっと食欲がなく、呼吸をするのも困難な状態でした。しかし、農園に足を踏み入れて、見慣れたバジルやマヨラナに触れると、突然、リラックスした感覚を覚え、その後は入院して手術を受けることに対しても心配しなくなりました」と明るく説明してくれた。また、別のボランティアの話では、胃腸の調子が悪かったので薬を飲もうとしたが、農園のハーブ区域がある階に降りてきて、草取りをしたところ、突然、胃の痛みが消えたのだそうだ。

これは魔法のように聞こえるが、不思議なことでも何でもない。色鮮やかな開花植物は視覚を刺激し、情緒をプラス方向に強化してくれるのである。また、繊毛のある肉厚の葉は触覚神経を刺激し、特殊な匂いのするハーブ植物は臭覚神経を刺激して、脳神経を活性化する。これらは全て園芸療法において一般的に実証されている。

現代医学とは、予防と治療、ケアという三つの方向から行うことに他ならない。しかし、初期の段階で心身の健康を守ることができれば、後に病気になることはなく、治療もすることはないのではないだろうか?「病気する前に治療する」というのは、園芸療法が「未病学」として期待されているのかもしれない。

黄花セージはさやが成熟した時、手で触ると、さやが破裂して種子が飛び散る。これは子孫を残して繁殖させる「知恵」であり、多くの人は子供の頃に遊んだことがある、「破裂果実」の記憶が甦るかもしれない。

生活の中に植物を取り戻す

聞くところによると、園芸療法士の劉雨青(リウ・ユーチン)さんが住んでいる北投の自宅には、キッチンガーデンがあるという。さまざまな方面から植物の療法的効果があると聞いて、好奇心が頭をもたげ、訪問してみた。「園芸療法植物は視覚による治療に使うだけでなく、生活に応用することもできるのです」と彼女が言った。彼女は屋外の十坪ほどのベランダに三十種類以上の国内外や南洋から療法的効果のある植物を植えており、主に教材として使っている。最近新たに口腔の健康に関する植物講座を開き、千日菊を主体に教材に使用している。また、昔から漢民族と客家族が心身を落ち着ける目的で使ってきたミソナオシ、ヨモギ、ブゾロイバナ、フヨウなどもそこで採れ、食用や外用、燻蒸にする他、入浴剤や薬草の玉を作ることもできる。

彼女の植物に対する広い応用知識を見ていると、女医なのか女祈祷師と言うべきなのか分からない。彼女は、できるだけ地元の植物を使うよう主張し、文化的意義のあるヨモギに対しては、「華人がヨモギを見るとすぐに『端午の節句や草餅、針灸、魔除け、平安の願い』などを連想します。これらの刺激は全て精神を落ち着かせ、老化の予防や認知症治療に役立つのです」と言った。

あるお年寄りは認知症になってから、口数が減り、出会う人に日本語で語りかけたりしていた。あたかも別の次元に住んでいるようだったが、ある日、劉さんがふわふわしたフヨウを与えたところ、突然、台湾語で「これはフヨウじゃないですか」と言った。そして、劉さんに昔のことを話し出したのだ。覚えていた植物が、閉じ込められた記憶を呼び覚ましたのである。

園芸療法を社会で実践する

台北芸術大学美術学部を出た劉さんは若い時、積極的に社会運動に参加し、台湾各地の部落やコミュニティーを回っていたため、環境や土地と深く関わっていた。後に彼女は、過激な手段で抗争するよりも、実際に地方に深く関わって社会を変えていく方がいいと気づいたそうだ。

彼女は一年間、澎湖島にある惠明啓智(知能障害)センターで園芸療法を行ったことがある。特殊教育クラスの生徒に手の協調や細かい筋肉の動かし方を教え、集中力を養って力加減が制御できるようにするために、彼女は現地の植物である、イソマツとテンニンギクを使って灸棒を作る授業を行った。しかし、その時彼女は、辺境の介護スタッフがその存在を忘れられていたために、仕事に対する情熱がなくなっていたのに気づいた。そこで積極的なケアと植物という支援の下に、やっと彼らの心の持ち様を変え、遂には園芸療法士の助手をしてくれるまでになった。そして、灸棒の製造が成功して、啓智センターの代表的な商品になり、実際に販売して収入が得られると共に、彼らの士気を向上させた。園芸療法はそこだけでなく、ある意味で地域をも変えた。

園芸療法はある意味で、意識と意義のある活動であり、園芸療法士の役割は植物を通して心の支えになることである。今、彼女はこの役割に極めて満足している。というのも、学ぼうとすれば、植物に関する知識は尽きず、この仕事をしていると、重度身障者や低所得者、老夫婦家庭など長期的に社会から忘れ去られた人々に接し、ケアできるようになったからである。「ある意味で、園芸療法は社会的価値があり、社会や環境、土地を良い方向に向かわせることができるのです」。

「私たちの世代の園芸療法士は、実は正に現代台湾の園芸療法の容貌を形作ってきました。アメリカと比べると、私たちは四、五十年遅れていますが、今のアメリカで園芸療法の発展は、医療との結びつきが強すぎるため、逆に新たなイノベーションは期待できなくなっています。一方、台湾は園芸療法を病院と協力して、学校で生態観察として行うことができます。そして、食農教育と共に発展させることでさえ可能であり、自ら制約する必要はなく、無限の可能性を秘めているのです」。

植物が人類に与えるメリットは、人々が自然から離れてしまった今、特に重視されている。「ハーブの家」は劉雨青さんが器用な手で作り上げたもので、その気さえあれば、誰でも「グリーンフィンガー」になれる。

生命と生命の交流

土地を離れてしまった現代人は、次第に自然からも遠ざかり、大自然という母の臍の緒から切り離された後、心身の不調を訴えるようになった。庶民の草花いじりは単純に心を楽しませるが、心のストレスを和らげるものでもあり、園芸療法は強力な効果を持っている緑の処方箋である。

「退職したら、農地を買って田園を作るのだ!」という人がよくいる。都市生活に疲れた人は多くが心を病み、労働によって解脱したいと思っている。手に鍬を持ち、素足で泥水の中に浸かることは、田舎の大自然と助け合うことなのである。そして、それに専念することで脳がリラックスし、体は疲れても心は逆に充実する。「現代人は考え過ぎるのです。植物と接することに集中できれば、治癒能力は出てきます」。

私は、かつて自分が「グリーンフィンガー(園芸名人)」ではなく、植物を育てると枯らしてしまっていたので、自分に腹を立てていたが、ある園芸療法士が私に秘訣を教えてくれた。それは、「植物のケアに何が必要なのかを学ぶ」ことだった。植物は生命体であり、それをケアすると同時に、植物も私たちをケアしているのであり、園芸療法というのは生命と生命の交流関係を表しているはずだ。

「グリーンフィンガー」が育てるのは一本の植物だけではなく、自分の心に花火を打ち上げることである。近寄って、植物と心身の抱擁をしてみてはどうだろうか?

(経典雑誌二八一期より)

    キーワード :