共善で福をもたらす
人間(じんかん)菩薩は、共に善行に励んで福をもたらし、
見返りを求めず、常に感謝の気持ちを持っています。
人は誰で… Read More »
十月の出来事
10・01
慈済日本支部は石川県輪島市で「仕事を与えて支援に代える」清掃活動を展開した。地元の住民に呼びかけて、能… Read More »
語り尽くせない良い話
生命の価値は語り尽くせない記憶にあり、全てが人間(じんかん)を利する良い話です。… Read More »
美容室に来て善い事をする
惠雀さんは、四日間続けてお客様にカットやパーマ、シャンプーなどをして得た収入を、全部寄付した。仕事をしながら、慈済… Read More »
千年の病苦を見つめる
目の病気を抱えて、インド・ブッダガヤから戻った。眼科医から、長時間強い紫外線が当たる場所にいたことで起きた疾患だと… Read More »
台風三号被災地を見舞う 浸水した一万戸を訪問ケア
強い台風三号が大きな被害をもたらした。
慈済ボランティアは十五日間にわたり、被災した一万世帯余りに愛を届けた。
恵… Read More »
誰かが苦しんでいる
ボランティアにとって人助けするのは、いとも簡単なことだが、
苦しんでいる人にとっては大きな力である。
無常が訪れた… Read More »
持続可能な教育の新たな道のり
今年の八月、慈済慈善事業基金会の顔博文(イェン・ボーウェン)執行長が、「2024 SDG Asia」の「最優秀持続… Read More »
どの家庭にも模範となる人がいます
仏陀は『法華経』の中で、
仏法は五十人目まで受け継がれるべきだと教えました。
私も五十代目まで代々伝わっていくこと… Read More »
【移民の恩返し】修道院の「慈済ルーム」 宗教を越えて形作られた友情
今年二月二十三日、オーストラリアの慈済ボランティア・呉照峰(ウー・ヅァオフォン)さんは、百歳になるシスター・アンジ… Read More »
慈済大学と慈済科技大学の統合—一という力
三十五年前、
社会のニーズに応えて慈済看護専門学校を創設し、
更に医療人材育成のために慈済医学院を設立し、
そこか… Read More »
したいことは仏様が承知
オーブン、くるみクッキーを切る長いナイフ、パイナップルケーキ用の型……と洪連忠さんは、一つずつ数えた。リサイクルス… Read More »
今月の内容
扉の言葉
編集者の言葉
0403花蓮地震の再建支援
記録者の目
證厳法師のお諭し
命の贈り物
慈済とSDGs
行脚の軌跡
十月の出来事
20241020
SDGs〜慈済の取り組み〜災害をなくし、飢餓をゼロに
慈済ボランティアはモザンビークで慈善農耕プロジェクトを推進し、ジョアキム・マラ小学校の貧困児童に温かい食事を提供している。同じような活動は、長年にわたり世界中の慈済拠点で行われており、飢餓に苦しむ家庭を支援しているが、これは国連の持続可能な開発目標(SDGs)2「飢餓をゼロに」にも対応している。
20240920
慈済は早くにSDGsの取り組みを開始している
慈済が60年近くにわたって取り組んできた活動の指針と、国連が掲げる持続可能な開発目標(SDGs)と図らずも一致する。月刊誌『慈済』は今月から関連記事を連載する。西アフリカのシエラレオネ共和国において、慈済は過去9年間にわたり、カリタス基金会やヒーリー国際救済財団などの組織と協力して、炊き出しの提供や現地の学校へリソースを拡充させてきた。
20240820
能登半島地震 復興の道
石川県の北西部に位置する有名な輪島市白米千枚田は、元日の強い地震で被害を受け、千枚の棚田のうち、八割に亀裂が入るか、土砂で押し潰された。六月の強い日ざしの下で、農家の人々は田植えを済ませた田で草むしりをしていた。現地で農業が復興の道を歩んでいることの象徴だ。( 撮影・林玲悧)
20240720
能登半島地震 支援をここで終わらせてはならない
能登町役所の入口には、各地から寄せられたカードや布がいっぱい掲げられ、励ましのメッセージが書かれてあった。(撮影・顔婉婷)慈済基金会は能登半島地震の被災者ケアを続けている。7日から9日まで石川県鳳珠郡能登町で第二回の見舞金配付活動が行われ、5つの会場で722世帯に手渡された。
20240620
愛ある商店 地域の愛が集まる場所
台湾全土で2万軒以上の店と屋台が慈済の「愛ある商店」活動に参加している。店主は店に置かれた竹筒貯金箱に客が釣り銭を入れるのを見ると、嬉しくなる。店と客が一緒に善行して福を作っている。(挿絵・徐淑貞)
20240520
コーラン経筆写本─百、千刧経て、器用な手で復元された
胡光中さんは、大切に所蔵していたコーラン経筆写本を證厳法師に寄贈した。検証の結果、紀元15世紀から16世紀に、10人以上の人の手によって書き写されたものと判明した。紙が変色して脆くなっていたページには血痕や水シミ、カビ、虫食い跡、焦げ跡まで残っていた。修復士は細心の注意を払って修復し、2年余りを費やして、本来に近い状態に戻した。