慈済台北中山八徳共修所にある「惜福屋」は、リフォームにより溢れた中古品の陳列問題が解決され、秩序ある美を醸し出した。環境保全と大衆の感情を結びつけた設計になっており、「宝探しで物を大切にしよう」というキャッチフレーズで多くの人を惹きつけ、持続可能性の概念を目に見える形にしている。
惜福屋に入ると、シンプルでスタイリッシュな光景に目を奪われる。白い壁の後ろは古本エリアで、本好きの人たちに静かな宝探しの空間を提供している。
慈済台北中山八徳共修所に行くと、左側に変わった作りの扉があり、その横にあるミントグリーン色の木の板に白い「惜福屋㊟」と書かれた看板がかかっている。そして扉の上には、円の中に交差する数本の黒い線で「惜」の字をデザインしたロゴの下に、英語で「TREASURE SPACE」と書かれており、扉をくぐると「宝島」に来たことを意味している。
㊟惜福屋:「もったいない」を実践するリユースショップ
エアコンの冷気を逃さないようにするための透明なビニールカーテンの中に入ると、柔らかい照明が白い壁を照らし、正方高卓の上には上品な盆栽が置かれ、壁に飾られた「惜福屋」のロゴが映えていた。故意に余白を設けたスタイリッシュでシンプルな雰囲気が、視覚的な快適さをもたらしてくれる。
「惜福屋」一階の左にあるカウンターには、目を見張るばかりの装飾品が陳列され、コの字の形に置かれた三つの古い本棚には古本、CD、レコードなどが並べられ、そして中央には木のパレットを使って作られたてテーブルと椅子が置かれ、来客がそこに座って読書を楽しむことができるようになっている。そこは「惜墨区」(文化を大切にする意味)という名がつけられている。二階には、古着を展示した「惜衣区」と、中古日用品や電気製品が陳列された「惜金区」がある。
「惜福屋」は二〇〇四年から運用が始まり、ほとんどの品物は慈済台北中山八徳共修所にある環境保全教育センターから提供されたものである。ボランティアたちの手によって整理・修理されたリサイクル品だが、中には新品同様の物もあり、棚に並べられた後、縁のある持ち主が見つかって、さらに長く使い続けてほしいという願いが込められている。かつて「惜福屋」は、古くて狭いという印象があったが、原則として大規模な改造をせず、空間設計と木工技術だけで、見違えるような効果を出すことに成功した。
環境保全センターの物を「惜福屋」に
「私たちは地球から資源を借用していますが、使った後はどうやって地球に返したらいいのでしょうか。環境保全と持続可能性とはこのことだと思います」と「惜福屋」の改造を担当したAtelier AGIの創設者、李政宜(リー・ヅンイー)さんはこう説明した。
改造工事は二〇二四年十月に始まった。この「中古品エリアの設計・改造プロジェクト」は、環境部資源循環署の委託を受けて台湾設計研究所が行い、中古市場のイメージ向上と大衆が中古品を選ぶ意欲を高めることを目指し、より多くの若者を惹きつけて、若者と高齢者の双方に利益をもたらす環境を整備したいと考えた。中山八徳の惜福屋は、その模範拠点の一つに選ばれた。
設計と改造を経て、衣料品コーナーには七台の移動収納棚が設置され、様々な種類の衣料品が分類して掛けてあり、衣料品で溢れかえっているにもかかわらず、じっくりと選ぶスペースを確保している。収納棚にはキャスターが付いているので、移動がとても便利だ。スペースを有効に使えると同時に、高齢ボランティアへの配慮も感じられる。
「惜衣区」の窓際には長いテーブルとハイチェアが並んでいる。赤みがかったライトブラウン色のテーブルと椅子には、鉄パイプのハンガーレールが取り付けてあり、インダストリアルな雰囲気を醸し出している。一番奥は「惜金区」で、食器やティーセット、おもちゃ、電気製品がそれぞれ異なった区域に置かれているが、同じような美しいスタイルで統一されている。白い陳列棚と木製フレーム、色と材質が空間の一貫性を保っている。
リフォームの後、若い世代の来客数が明らかに多くなった。今年九月の新学期が始まった頃に数日間当番をしたボランティアの張和倫(ヅァン・ホールン)さんは、「数日前、インド人の女子学生たちが入って来たのですが、それから間もなく、男子学生も来ました」と言った。張さんは、その男子学生たちは、先に来た女子学生たちの紹介で来たのではないかと推測した。
二十年以上環境保全に尽力してきたボランティアの許武嵩(シュー・ウーソン)さんによると、中山八徳共修所は、環境保全教育センターでもあり、人々の環境を愛護する心を啓発している。最善の方法は自分で実践することであり、たとえば多くの定年退職の年齢を超えたボランティアが、今でも毎日リサイクルセンターに来て、電気製品の仕分けや修理をしていることでも分かる。これらの努力は肯定されるべきだが、先ずセンターに足を踏み入れてもらう縁がなければならない。
許さんは「惜福屋」のリフォームによる変化を気に入っている。「品物がきちんと陳列されていれば、人々はそれをもっと大切にしてくれるでしょう」と彼は言った。優れた空間設計と配慮された陳列は、人々の中古品に対する認識を変えることができると、李さんは例を挙げた。「日本人はあらゆる物には魂が宿っていると信じています。着たことがある服や使ったことがある物は、長い間役に立ち、お世話になったのですから、それらと別れを告げる時は、良い所にたどり着いてほしいと願うのです」。
リフォームからメンテナンスまで
ボランティアと設計士チームは、同じ理念を持っていたが、ビジョンが異なっていた。双方は調整に時間がかかったが、相互理解と尊重が必要とされた。
ボランティアの江旻真(ジャン・ミンヅン)さんによると、「惜福屋」の秩序を保つのは容易ではないそうだ。人々が宝物を探しに来ると、展示されている衣服や品物はどうしても散らかってしまう。毎日在庫補充のボランティアが当番をしているとはいっても、営利事業のように専属スタッフがいるのとは違う上に、人々から絶えず衣類や日用品が寄付されるので、ボランティアが品物の陳列や整理に対応するのは一層難しくなった。
李さんがボランティアの問題を理解し、ボランティアたちに収納知識を提供するために、「収納する幸せ」チームの責任者である楊雅琪(ヤン・ヤーチー)さんに、支援に来てもらった。最初は数回に分けて収納方法を教えるつもりだったが、後には長期的な協力関係に発展した。楊さんは中山八徳共修所の立地に目をつけ、指導に相応しい場所であることと、「惜福屋」も人々が収納を学ぶ理想的な場所であることに気が付いた。
現在「収納する幸せ」チームは、月に二回の収納実践クラスを開催している。人々に開放している他、定員五名でボランティアにも傍聴してもらっている。これによって、相互に良好な共善関係が築かれ、協力関係は一年近く続いている。
業種を越えた協力で民衆に優しい外観を創出
「惜福屋」は、「収納する幸せ」チームに協力してもらうだけでなく、様々な方法で、コミュニティと連携している。例えば、「惜福屋」にある中古品を他の慈善団体に寄付したり、ホームレス拠点である「次は未来村駅」に中古の家電を提供したり、脳性麻痺の子供たちが手工芸を学べるように、「萱芸新知ケア協会」にデニムジーンズを寄付したりしている。
慈済中山八徳共修所では、二〇二五年一月より、フリーマーケットも数多く開かれている。八月二十三日のフリーマーケットでは、ボランティアたちが電気製品、衣類、アクセサリーなどを提供したほか、美味しいベジタリアン料理も用意した。また、桃園県の青年ボランティアが構成するバンド「Easy Band」が、ポップソングや「大愛」ドラマのテーマソングを演奏したり、歌ったりして会場を盛り上げた。
フリーマーケットは小規模マーケットのようなもので、多くの高齢ボランティアにとっては懐かしい雰囲気がある。三十五年前、證厳法師が「拍手する両手で環境保全をしましょう」と呼びかけた時、ボランティアの陳松田(チェン・ソンティエン)さんと蕭秀珠(ショウ・シユウヅゥー)さんは、八徳市場前で回収資源の分別を始めた。すると、益々多くの人が参加するようになった。市場の隣の廃棄されていたトタン屋根の小屋が、二〇一六年に慈済中山八徳共修所となった。
時代の変化に伴い、八徳市場が取り壊され、会所のあるエリアも賑やかな場所へと変貌を遂げた。周りの建物は、斬新な住宅や観光ホテルに変わった。共修所も少なからぬ変化があった。例えば、センターの雨除けテントをソーラーパネルとアクリル板に取り換えたことで、都会の景観に配慮すると共に、省エネにも対応している。時代と環境は絶えず変化しており、長年リサイクルセンターを我が家としてきたボランティアたちは、日々の活動の変化にも常に適応していく必要がある。
現在の「惜福屋」の姿は、台湾設計研究所とAtelier AGI設計事務所、廃棄物を再利用する「廃棄物の救世主」、及び慈済基金会の協力によってできたもので、一見偶然の産物のように見えるかもしれないが、歴史の過程における必然的な変化でもあるのだ。変わらないのは、その名称であり、「物を惜しむことは、即ち福を大切にすること」なのである。
(慈済月刊七〇七期より)


