苦しむ衆生に心が痛み、
奉仕の苦労を厭わないのが、
菩薩の無私の大愛です。
住民が平穏に暮らせれば、
慈済人は安心する
八月十一日、基金会主任たちが慈善活動について報告しました。その際、潘機利(パン・ジーリー)師兄、呉宗樺(ウー・ヅォンフヮ)師兄、李琇釧(リー・シユウツァン)師姉たちはオンラインで、台風ダナス被害における高雄の修繕チームの取り組みについて報告しました。上人は、「自然災害は抗しがたいものです。ひとたび発生すれば、大規模な動員が必要となります。南部の慈済人がタイムリーに支援してくれたことに感謝しています。炊き出しに始まって、緊急支援、そして現在の修繕作業に至るまで、本当に大変だったことでしょう。今年の夏は非常に暑く、特に南部は気温が高かったのですが、南部の慈済人に加え、北部、中部からも慈済人が投入してくれました。彼らは強い日差しの下で仕事をし、ひどく日焼けしました。画面からも、彼らの肌が日焼けして赤くなったり、黒ずんだりしているのが分かり、とても心が痛みました」と言いました。
台風十八号(ダナス)による突風で屋根が吹き飛ばされ、降り続く集中豪雨で被災世帯は更なる苦境に陥りました。基金会営建処のスタッフや請負業者の作業チーム、ボランティアたちは、七月十七日から嘉義・台南地区で被災した家屋の修繕を始めました。「皆さんの苦労には心が痛みますが、人が多ければ力も大きくなり、プロジェクトはより早く完成することができますし、村民が安心して暮らせれば、慈済人も安心できるのです。これが菩薩の無私の大愛であり、衆生を苦しみから救うために投入しているのです」。また上人は、「慈誠の師兄たちがこのプロジェクトに投入しているだけでなく、委員の師姉たちも同行して、暑い日にも食欲が出るような食事を用意したり、いつでも水分やエネルギー補給をしたりできるように、皆の世話をしており、ボランティアたちは、修繕チームのメンバーの、日焼けして赤くなった顔や腕に軟膏を塗ったりしていました」と言いました。
上人は、師兄・師姉たちが、被災者が一日も早く元の生活に戻れるよう願う気持ちから、苦労を厭わず、心身を投入してくれていることに感謝しました。被災地には、独り暮らしの高齢者や病気を抱えた住民もおり、彼らは屋根が突風で飛ばされ、雨が降り続く苦境の中、無力を感じています。「考えてみてください。これほど多くの愛を携えた人が家に来て関心を寄せたり、修繕を手伝ったりしてくれなかったら、彼らはどうやって暮らしていけるのでしょうか。ですから、彼らは皆、慈済人を必要としているのです」。
「この世には仏や菩薩が必要です。仏陀はこの世の慈父のような存在です。先ほど、父の日も休まず、仕事を続けたと言っていましたが、それこそ仏法で言う『大慈悲の父』であり、大慈悲仏なのです。苦しみを抱える住民や独り暮らしの高齢者が、屋根のない家で安心して住めないことを忍びなく思い、強い日差しの下で作業を急いでいます。専門の作業員に連絡し、メンテナンスの人員を増やして、早く工事を完了させることで、皆が休めるようになることを願っています」。上人はチームに対し、安全に気を配り、自分たちの健康に気を付け、互いに気遣うよう促しました。「あなた方の苦労を忍びなく思いますが、私はとても敬服しており、大愛を発揮してこの世に幸福をもたらし、被災した住民が一日も早く、安心して暮らせるようにしてくれたことに、とても感謝しています」。
全てが自発的 奉仕と同時に感謝
今年、台湾は地震や台風、集中豪雨によって、一部の地域で災難が発生しました。現地の慈済人が直ちに緊急支援を開始すると同時に、他の地方からの法縁者も応援に来ました。「これは、台湾の慈済人が長年培ってきた暗黙の了解であり、みんなで自発的に、被災地のニーズに対応しているので、安心して見ていられます」と上人が言いました。
「この世に私が愛さない人はなく、許せない人もいません。なぜなら、私が感謝しない人はいないため、許す必要のある人もいないのです。私は誰ともトラブルになったことはなく、誰もが私を助けてくれており、たとえ私を邪魔する人たちでも、私を助けてくれているのです。というのは、そのような人たちのおかげで、私はこの世のことを理解できるようになるからです。そして、私が困っている時に、助けに来てくれた人たちにはとても感謝しています。私に偏見を持つ人たちは、私に謙虚になるよう警告してくれています。傲慢にならず、絶えず謙虚に小さく、私の存在が見えず、目障りにならないようになるぐらい謙虚になるのです。そうすれば、逆に大愛を広めることができ、より多くの人が私たちのように、見返りを求めずに奉仕するだけでなく、感謝の気持ちを持つようになるのです。援助を受けた人も愛を奉仕することができ、人々がお互いに感謝し合うのです。『ありがとうございます』という言葉で、愛のエネルギーは益々広がり、清浄無垢な大愛が人間(じんかん)を覆うようになります」。
上人は慈済人に、「皆さんに自分の人生を振り返るようにと言っているのは、自分の人生でこの世に貢献したことを思い出し、自分でそれを肯定し賞賛することですが、傲慢になってはいけません。そして、『真空妙有』という絶妙な仏法を手に入れなければなりません。私たちは世のために多くのことをしてきましたが、見返りを求めず、何にも執着しないことが、『空』なのです。『空』があってこそ、『妙有』があり、清浄な仏性に回帰することができるのです」と喚起を促しました。
「もし奉仕した後も、どうして相手は私にありがとうと言ってくれなかったのか、と気にするようであれば、感謝の気持ちを受け取ったとしても表面的なものになってしまい、見返りを求めた奉仕になり、妙法の領域には程遠いのです。愛を持って奉仕する時も、感謝の気持ちを表し、感謝の心があってこそ、法悦を感じることができるのです」。
(慈済月刊七〇七期より)
被災後の修繕は屋根が重点だったが、住民が環境を回復できないことに気づき、予定外の奉仕を提供した。七股頂山里の或る家で、リレー式に廃棄物を運び出した。(撮影・黄筱哲)


