この度の、花蓮光復郷で行われた救済活動を見て、台湾は宝島だという事を実感しました。
愛と善を宝とし、情と愛を宝にしていました。情は覚有情、菩薩の情であり、愛は広い心で以って、人を区別することはありません。
今回の花蓮光復郷の被災状況は、「危うき国土 人生無常」と言えるほどです。その時目にした台湾社会はとても美しく、誠実さに溢れていました。
台風18号(ラガサ)のもたらした雨量により、山の上にある堰き止め湖から水が流れ出し、その勢いで橋を押し流し、土砂が民家にまで押し寄せ、家々は泥で溢れかえりました。身寄りがないか、病気のお年寄りは、若い世代は仕事で都会に行っているので、大変苦労しています。こういう時にこそ人々の発揮する力が必要で、その愛が東部へ押し寄せました。
一旦災害が起きると、四方からこぞって支援に駆け付け、光復駅は中年や高齢者、それ以上に若い、県外のボランティアで溢れ、皆雨靴を履き、手にシャベルを持っていました。これほど人数が多くなっても、皆誠意をもって奉仕に来ており、秩序を保って騒がしさはなく、駅を出ると直ちに整列し、清掃に行く準備が整っていました。
以前から、花蓮の土はねばねばしていると言われていました。今回シャベルを持って泥を掬ってみると、言葉にとどまらない感触を体感しました。水飴のような粘りによって、シャベルで掬いあげるのがとても困難なのです。また、足を踏み入れると、雨靴を抜くのも容易ではなく、後の人の手伝いで、やっと泥から抜け出られるのです。
皆さんは体が疲れても、道理にかなっているので、心は安らかでした。ここで力を出せることが嬉しかったのです。突然こんなに多くの人が光復郷に現れ、お互いに面識が無くても家の中に入ってもらって一緒に掃除をし、終わったらお互いにありがとうと言っています。光復郷を離れる前、雨靴を洗ってくださるボランティアもいて、慈済の弁当はとてもおいしかったと言って、喜びに満ちた気持ちで帰って行きました。
愛に満ちた人々が、着くべき位置に着いていたことにも感動させられました。更に感動したのは、『合』と『和』が融合した美しさと、心と心、手に手を取った繋がりによって、力が大きくなったことです。台湾は真に宝島であり、愛と善を以て宝とし、情と愛も宝としています。その情は覚有情であり、菩薩の情なのです。愛とは広々とした、分け隔てがなく、お互いの真心からの誠意と慰撫なのです。どこかで助けを求める声を聴けば、速やかに動員してくれるのです。
突如発生した洪水で、人々は緊張と落胆、苦しみに喘ぎ、慈済人は近寄って抱擁し、彼らに肩を貸すことで、パニックの受け皿になりました。救難救助の段階はほとんど終わり、次は彼らの生活に対するケアの段階で、慈済慈善活動の常態に戻って長期ケアを必要とする人たちに奉仕するのです。以前は問題が見えず、支援を必要とする人を見つけられなかったかもしれませんが、今回、家庭訪問を行ったことで問題が見えたからには、やるべきことをしっかりやらなければなりません。
衆生の苦難を見るに忍びない気持ちが仏心であり、苦難を取り除くことを実践するのが、菩薩道を歩むことなのです。仏心を啓発すれば、力は無量です。菩薩道を歩むことは困難ではありませんが、因縁を逃してはなりません。
慈善は世に広めるべきであり、歩みを止めてはならず、自在に遠くまで歩むには、見返りを求めない精神を持つことが大切です。大愛に限りはなく、仏陀が私たちに下さった「慈、悲、喜、捨」の精神をもって、天下の善事を行うのです。私たちは奉仕する責任があり、同じような広い心をもって天下の人々のために実践しましょう。
人々のために奉仕するのは、一人ではできませんから、多くの人が集まって行えば、かなり楽になります。でも、一緒に行動する人がいても、お互いに感謝し合わなければなりません。感謝の言葉一つで、心が安らぎ楽しくなり、恩に報いる最良の方法でもあるのです。
毎日ニュースを見ていると、世界も四大不調にあることがわかります。これほど広い世界には、苦難にある人がたくさんいます。一方で、贅沢な暮らしや、ぼんやりと日々を過ごしている人も少なくなく、その差は大きいのです。私たちは、人間(じんかん)の無常を理解し、衆生の苦を体得し、知ることから悟るようにならなければいけませんが、大我の精神を発揮して、世の人に関心を寄せてこそ、悟りと言えるのです。
時は飛ぶように過ぎて止まることは無く、人生は僅か数十年です。「楽をしてから修行しますので待ってください」と言える時間がどれだけあるのでしょう?それに、いつになったら楽をすることが終わるのでしょう?ですから、今この時に感謝しなければなりません。平穏な日々に感謝し、不足のない生活に感謝はしても、人間(じんかん)に恩返しをしたでしょうか?直ちに人を利することをするのが、私たちの本分なのです。
台湾にこれほど多くの愛のある人がいることは、とても喜ばしいことです。この愛は実に温かく、温和です。光復郷に来た皆さんは、誰もが深く記憶に残ると思います。たとえ光復郷に行ってなくても、テレビやインターネットで見て、感じることができます。全ての善行が円満に終わったことを、皆さんに感謝します。そして、敬虔に皆さんを祝福し、好い事と良い人が共に集い、天下を庇護し、愛が人間(じんかん)において、永遠に伝承されることを願っております。
(慈済月刊七〇八期より)


