疫病が蔓延した時の人々の無力感と恐怖感は、見るに忍びない。
中医学と西洋医学を融合して開発された「ジンスー本草飲(薬草茶)」には、体の不調を整えるばかりでなく、敬虔な祝福の気持ちが込められている。
慈済基金会は新型コロナウルスの感染拡大から一年余り、防護フェースシールドなどの感染予防物資、ジンスー穀物パウダーや即席飯などのインスタント食品を提供して、第一線で努力している警察や消防隊員を支援して来た。昨年末からは健康茶である「ジンスー本草飲」も加わった。お湯を注いだり煮出したりして手軽に飲めるものだ。この「ジンスー本草飲」は他の防疫支援物資と一緒に海外にも送られ、既に三十三の国と地域に届いている。開発チームは、この「ジンスー本草飲」を通して、祝福と平安をもたらしたいと願っている。
世界各国の専門家は皆、知恵を絞って、新型コロナウイルスに対抗しようとしている。街には様々な漢方薬も処方されているが、慈済が提供している「ジンスー本草飲」には、どんな特徴があるのだろうか。
南アフリカはアフリカ諸国の中では最も新型コロナウイルスの感染が拡大している国である。3月初め、ヨハネスブルクのテンビサ・コミュニティの慈済リハビリセンターが再開され、地元ボランティアが「ジンスー本草飲」を受け取った。
(写真提供・慈済南アフリカ支部)
天地万物、全てが薬である
「ジンスー本草飲」は、花蓮慈済医院の中医学と西洋医学の医師たちが手を携えて開発した漢方の複方である。昨年三月、新型コロナウルスによる感染症が世界各地に蔓延した時、人々は恐怖で為す術を知らなかった。證厳法師はその状況を見て忍びなく思い、中医学の智慧を借りて、誰もが飲めるような薬草茶を開発するよう望んだ。
花蓮慈済医院は、慈済の林碧玉(リン・ビーユー)副執行長と林欣栄(リン・シンロン)院長の統率の下に、何宗融(ホー・ゾンロン)副院長、中医学部門団体、黃志揚(ホワン・ジーヤン)副院長、そして心・血管とミトコンドリアに関わる疾病研究センターのメンバーが集結して、台湾在来の薬草を組み合わせ、多くの漢方の複方による薬包を開発して実験を行い、最終的に現在の「ジンスー本草飲」が出来上がった。
黃副院長によれば、研究開発の方向としては、主にウィルスが細胞に侵入することを阻止し、ウィルスの増殖抑制、サイトカインストーム(攻撃的な炎症反応の一種)をコントロールすると同時に、強力な変異株ウィルスを克服することだそうだ。また、中医学部主任の何副院長によると、開発成功の鍵は、開発チームが證厳法師に開発過程を報告した時に受けた、意外なヒントによるものだったそうだ。
證厳法師は、《薬師経》の中に記載してあるように天地万物の全てが薬であるならば、あらゆる植物に薬効成分があり、中医学か西洋医学の薬かを問わず、全ては自然の草木に由来すると考えておられた。法師は、自分の幼い頃の記憶に、昔の農業社会では、ミソナオシとヨモギが病気を追い払う魔除けだと信じられ、病院への見舞いや墓参り、お悔やみに行く前にミソナオシの葉を身に付け、家に帰ってからはミソナオシを煮出した湯で体を浄めていたことを覚えておられたのだ。「祖先の経験にある魔除けとは、抗菌や毒素を取り除く効果があることを表しているのかもしれません。科学的な観点から、これら植物と人体へのウイルスの侵入を防ぐことに、関連があるかどうかを探究してみてください」と法師が指示した。
研究チームは、試しにヨモギとミソナオシを入れてみた。「データが示したのです。ウイルスの細胞への侵入を遮断する現象が際立っていることが判明し、研究チームもびっくりしました」と何副院長が言った。
最終的に市販されている「ジンスー本草飲」は、台湾に自生する八種類の薬草である「ヨモギ・ミソナオシ・麦門冬・ドクダミ・桔梗・甘草・シソの葉・菊の花」を使っている。何副院長の説明によると、これらの薬草を配合すると、薬草の分子が単一で効果を発揮するのではなく、漢方の成分が互いに作用し合うことで「多標的」に効果が発揮されているのである。
中医学の医師が強調する「陰陽調和」の角度から見ると、中医学は免疫力である「正気」を養うことで心身を強健にすることを重視する。何副院長は、白黒の勾玉を組み合わせた陰陽太極図を例に挙げ、陰と陽のバランスが取れて初めて、体は健康になる、と説明した。「人体の正気が不足している時は、『陽』で補うのです」。この八種類の薬草を組み合わせることで発揮される効能は、正に漢方で言うところの「正気で邪気を征す」にあたるのだそうだ。従って本草飲は健康茶として日常的に飲用するのに適している、と何副院長が説明した。
花蓮慈済医院の「合心研修会」が、3月に花蓮の静思精舎で行われた。医療スタッフは製造工場で「ジンスー本草飲」の包装を手伝った。(撮影・陳毅麟)
中医学と西洋医学、同時治療
證厳法師は、日頃から中医学と西洋医学がバランスよく発展することを期待しており、漢方の薬草研究を重視していると言っている。脳神経科学領域の専門医である林院長は、漢方薬の「当帰」から抽出した成分を、西洋医学の新薬の開発に応用したこともある。
何副院長はさらに詳しく説明してくれた。世界には漢方薬の材料から精錬された西洋薬はたくさんある。例えば八角のウイキョウからシキミ酸(Shikimic acid)を抽出して作られるインフルエンザ治療薬、青蒿(セイコウ)から抽出されたアルテミシニンからは、マラリアに効く西洋薬ができている。「ジンスー本草飲」は単純に八種類の薬草を組み合わせた薬草健康茶なので、安全且つ副作用が少ない。
粉末状の「ジンスー本草飲濃縮散」は、既に衛生福利部(日本の福祉保健局に相当)の輸出許可を取得している。台湾では順次、警察や消防、衛生局、医療に関わる第一線の人員に提供しているだけでなく、感染拡大が深刻になっている国や地域にも輸出している。
感染拡大が続く中、チームは続けて開発を進めた。最初は花蓮慈済病院が個人用サイズの小パックを作っていたが、「ジンスー人間(じんかん)社」が量産するようになってから、十二パック入りの家庭用サイズが出回るようになった。その後も、感染拡大が深刻になっているインドを例にとって考えると、生薬を煎じるのが不便なことがわかり、一パック十五CC入った、薄めてもそのままでも飲める濃縮液を開発した。
何副院長が率直に語るように、研究開発の当初、中医学と西洋医学の医師たち、または慈済ボランティアの中にも懐疑的な目で見る人がいたそうだ。しかし、チームは依然として開発に力を入れたのだった。「『ジンスー本草飲』開発の初心は、證厳法師がコロナ禍で無力感を感じている人々を見るに忍びなく、皆が健康になることを望んだことに帰するのです。『ジンスー本草飲』の目的は利潤の追求ではなく、人助けをすることです」と何副院長が言った。
「精舎の尼僧と薬草をどこから仕入れるかを討論した時、『既に種まきをしました』という答えが返って来ました。その種はどこから来たのですか、と尋ねると、ボランティアが無償で提供してくれた、とのことでした」。僅か二カ月の間に、研究チームは薬草の収穫ができるという知らせを受け取った。「善行のスピードの速さには、心を打たれました」と何副院長が言った。
薬草は慈済の大愛農場で栽培されているだけでなく、台湾各地からも購入している。そして、静思精舎の「協力工場」が今回の本草飲の主な生産ラインである。生産する前の食品衛生法規の検証から、特性の異なる薬草の粉砕過程、計量、パック詰めまで、生産を急いだのは一刻も早く出荷して、より多くの人を助けようとの理由からである。
花蓮慈済病院での中医学と西洋医学の協力は研究の場だけにとどまらず、救急外来から、一般外来、ICU、緩和ケア及び介護ケアにまで及び、人々に中医学と西洋医学合同治療の選択も提供しており、中医学が人々に奉仕できる領域を拡大した。林院長は次のように語った。花蓮慈済病院は中医学と西洋医学の合同治療を推進する以外に、新型コロナウイルス感染症に向き合い、医療チームとして積極的に臨床ケアと研究をすることで、感染防止と治療の両方からより多くの人を助けようとしている。
「本草飲」の製造に参与した人たちは皆、少しでも感染症に苦しむ人々に貢献し、より多くの人々の健康を見守ることができるようにと期待を懸けている。(資料の一部は花蓮華慈済病院の提供)
(慈済月刊六五六期より)