大林慈済病院—景色と心境

大林慈済病院は二〇〇〇年八月に開院し、同年十一月には「心蓮病棟」を開設した。医療スタッフ、ソーシャルワーカー、臨床心理士、宗教関係者、ボランティアなどが連携し、患者の体、心理と精神のケアにあたり、患者と家族が人生の深い苦難の時期を共に歩めるよう寄り添っている。

離別の苦しみは、心蓮病棟(緩和ケア病棟)の医療スタッフならよく理解しているため、慰めが必要な時にすぐ対応できる。

二千五百年余り前に生きた仏陀も、それを理解していたし、同時に、私たちが「生と死」を通して生命の真価を悟り、「今、この瞬間」と「真に大切な人、事、物」を惜しんでほしいと期待していた。

行き来する間に、生命の対話に耳を傾ける

注意を払わなければ、心蓮病棟の入口の両側に掛けてある対句を見落としてしまいがちだ。―「心は明月の如く、大地の清らかさを照らし、蓮は菩提の如く、人間(じんかん)に智慧の花を咲かせます」。これは證厳法師の言葉であり、慈済病院の緩和ケア病棟が「心蓮(しんれん)」と名づけられた由来でもある。この名称には、決して教義ではなく、人心を導く、仏教の人に寄せる期待が含まれているのである。

心蓮病棟の外の壁に『因縁』という曲の歌詞が刻印してある。その中には、雲や落ち葉、潮、川の流れといった自然現象の言葉が多く含まれている。これら絶えず移ろっていく景色は、すべて因縁の無常を象徴している。それを見て、私は心蓮病棟で見かけた一人の男性が泣きながら病室を出て来たことを思い出した。

「ちょっと待ってください!その様子でお帰りになって大丈夫ですか」。看護師が、足早に立ち去ろうとする男性を呼び止め、五分間言葉を交わした。しかし、その男性は病院を出るまで泣き続けたままだった。私は後で看護師に事情を尋ねてみた。すると、妻と別れるのが辛くて泣いていたとのことだった。

若い頃仕事に打ち込んだその男性に、妻はずっと寄り添ってくれていたそうだ。今ようやく事業が安定したというのに、二人は永遠の別れに向き合わなければならなくなった。男性は手放すことができず、特に子どもに病状を伝えるべきだと妻から言われた時など、堰を切ったように自分の感情を抑えきれなくなったのだった。その言葉で、妻がもうすぐ自分から去っていく事実を確信したのかもしれない。

「因縁」とは川の流れのようなもの。「生と滅」は隣り合わせであることを頭では理解していても、凡人ならば、無常に向き合った時に悲しむのも無理はない。

法師の著書『生死皆自在(生も死もありのままに)』の中に、仏教のある典故が紹介されている。仏陀が弟子たちに、「海水の方が多いのでしょうか? それとも昔から今に至るまで、人々が流した涙の方でしょうか?」と尋ねると、或る弟子が「涙の方が多いと思います。なぜなら、人間が数えきれない輪廻の中で、愛しい人との離別に流した涙は、海水でさえ及びません」と答えた。

離別の苦痛は、心蓮病棟の医療スタッフはよく理解しているため、慰めが必要な時にすぐ対応できる。二千五百年余り前に生きた仏陀も、それを理解していた。同時に、「生と死」を通して生命の真価を悟り、清らかな本性に戻って「今、この瞬間」と「大切な人、物、事」を惜しんで欲しいと、私たちに期待していた。

音楽ボランティアが病棟を訪れた日

ある月曜日、音楽ボランティアの王豊彬(ワン・フォンビン)さんが心蓮病棟のロビーに現れ、二胡を真剣に奏でた。彼が演奏した曲の多くは一九八〇〜九〇年代の懐かしい曲だった。その日、私が唯一知っていたのは広東語の歌〈天若有情〉だった。原曲と比べて、情緒的に穏やかで、心残りがあまり感じられず、少し寂しさが漂っていた。「看護師さんに、あまり悲しみを誘うような曲は演奏しないように言われていました」。かつて〈緑島小夜曲〉を弾いた時に、それを聞いた患者さんが、感傷的になってしまったことがあったからだ。

火曜日に、別の音楽ボランティア、許秀萍(シュ・シュウピン)さんが地味だが、適切な身なりでやって来て、ロビーで優雅に古筝を奏でた。彼女は、巧みに両手を動かしながら弦をはじき、その音色が心蓮病棟のロビーに響き渡った。二胡の哀愁の響きに比べて、古筝の音色はより澄んでいた。彼女は〈心雨〉のような古い曲や、中国の時代劇主題歌〈雪が降る音〉などを奏でた。彼女は、美しいメロディを耳にすると練習して、病院で患者やその家族と分かち合っている。

健康な人に比べて、人生の終わりに近づいている患者は、体の衰弱をより切実に感じ、彼らの生命はすでに、多くの喪失感と悲しみに満ちている。曲を選ぶ際に、ボランティアは、再び患者の悲しみを呼び覚ますのではなく、叙情的で美しいメロディの曲を奏でるようにしている。メロディが廊下を通って病床に届いた時、少しでも心に静けさがもたらされるようにと願ってのことだ。

病の苦しみにとらわれない風景

心蓮病棟の廊下の壁には、数多くの風景写真が掛けられている。その中の一枚は、写真家の陳次雄(チェン・ツーション)氏の作品である。池に大きな蓮の葉が浮かび、蓮の花や蕾が点在している。背景には木々の茂みや高い山々、そして雲が写っている。写真の中の蓮の蕾は、今まさに咲こうとしている。ほとんどの人は、人生の終点に来た時、このような状態なのではないだろうか。「蓮は菩提の如く、人間(じんかん)に智慧の花を咲かせる」というように、智慧の花は咲くのを待っているのである。

心蓮病棟の病室のデザインは、壁の縁取りや手すりなどに木の素材やその色調が多く用いられており、随所に人為的な工夫が見られる。一枚の風景写真が白い壁に掛けられているだけで、機能性に溢れた病室にも大自然のやわらかさが添えられている。

医療の介入とは、そもそも人為的に生命を延ばす行為である。そして、緩和ケアにおける症状コントロール、終末ケア、精神的なサポートもまた、当然ながら人為的な働きかけで、薬の力によって体の痛みを和らげ、さらに的確な心理的、霊的支援を通して、患者がしっかり死を受け止め、安らかな最期を迎えられるように手伝っているのである。

心蓮病棟の廊下の突き当たりには「小花園」と呼ばれる小さな一角があり、まるで心蓮病棟と切り離されたかのような空間だ。壁の造形は木目調で、湖の青色があしらわれていて、二つの窓はとても明るい。しつらえは文学青年風で、テーブルランプやドライフラワー、ぬいぐるみなどが飾られ、それぞれが適所に配置されている。私たちが心蓮病棟で取材した数日間、患者や家族がその場所で休む姿は見かけなかったが、そこはいつも清潔で、塵一つなかった。

「小花園」は、心蓮病棟の中に独自の時空を持っている。心蓮病棟が病院の中にあるように、静かに訪れる人を待ち、必要とする人のために存在しているのである。

(慈済月刊七〇四期より)

机の上には小さい鉢植えが置かれ、どれも青々と茂っていた。その中央の鉢がひときわ目を引いたのは、螺旋状の棚の最上段に置かれていて、元気いっぱいに上に向かって伸び、「生命の美しさ」を示していたからだ。患者さんの肉体は衰えても、最後に病の苦しみが和らぎ、鬱々とした思いを誰かに聞いてもらうことで、心のつかえが取れれば、その瞬間には、智慧が花のように咲くのだろう。このような「成長」は、なんと美しいことか。

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