人間はどこに向かうべきか

国連や国際会議に何度も参加したが、證厳法師の説法がいつも頭に浮かんだ。地球温暖化に直面している人類は明らかに、知識だけでなく智慧を必要としているのだ。

二〇一五年、私は初めて慈済を代表して、パリで開催された国連の気候変動枠組条約締約国会議(COP21)に参加しました。その年が人々の心に深い印象を残しているのは、会議の直前にパリでテロ事件が発生したからです。会議は不安な雰囲気の中で開かれたのですが、逆に史上最多となる締約国のメンバーが「地球温暖化の人類に対する影響」を直視することを受け入れ、パリ協定に署名したのです。温室効果ガスの削減という目標に向かって、地球の気温上昇を一・五℃以内に留めるという内容です。

当時、会場はとても高揚した雰囲気に包まれていました。その年、慈済はNGOとして参加し、会議で菜食を呼びかけ、資源回収による環境保全の成果を紹介しました。会場の聴衆は、地球を守るために実践している慈済人を称賛しましたが、ボランティアが提案した「菜食」には、まだあまり関心を示していませんでした。殆どの人は「各国政府が賛同し、協力して政策を決めさえすれば、気候変動の問題は大幅にコントロールできる」と思っていたようです。

経済的利益とCO2削減の両立への挑戦

しかしながら、その後の数年間、世界は気候変動が及ぼす影響に直面するのみならず、「大量の難民をどう保護するか?」という課題で国際情勢は複雑になりました。

中でも各国間の温室効果ガスの排出削減率を策定するに当たって、石油や石炭などエネルギーの使用を大幅に削減しなければならないほか、自国の産業や経済の発展に大きな衝撃を与える可能性を考え始めました。また、CO2を多く排出する国が気候変動による経済的な損失を被る途上国に補償をすべきではないか、という複雑な問題が出現し、条約締結国が向き合うべき課題となりました。

それには勇気が必要なだけでなく、それよりもまず眼前の自国の利益を抜きにして挑む覚悟を決め、未来の生存圏と永続的な角度から企画して進めることを考える必要があるのです。
  
證厳法師のお諭しの中で「世智弁聡」という言葉を思い出しました。地球温暖化の問題に直面して、人類は明らかに知識だけでなく、智慧も必要とします。

二〇一七年六月、アメリカはパリ協定からの脱退プロセスを開始すると発表しました。声明の中でトランプ大統領は、「アメリカがパリ協定の承諾に従えば、労働者や企業、納税者に不公平な経済負担を課すことになるため脱退する」と述べました。その発言は大きな波紋を起こしました。

先進国は、強硬な姿勢を取って多数国の決議を否定し、個人や受益者グループの利益を優先します。このため、元々CO2削減政策実施の成り行きを見守っていた多くの国は、各国が協力して温暖化を抑制する目標に向かって進むことができるのか疑問を抱き、パリ協定の実行も大きな未知数になってしまいました。

幸いにも、世界の殆どの国は、長期的に地球市民としての視点と態度でもって、気候変遷問題を考え、応えることを望みました。

共通の認識と行動の過程を実証する

二〇一七年十一月、ドイツのボンで開催された第二十三回国連気候変動フィジー会議(COP23)において、主催国のフィジーは、伝統的なタラノア精神(注)を以て対話促進のプラットフォームを作り、包容性のある参与と透明性のある議論の場を提供し、団体の利益という目標を達成するために、明智のある結論を出すよう促しました。これは證厳法師が常にボランティアに言って聞かせている、「人と事を丸くして初めて、理が丸くなる」という理念と同じではないでしょうか。
(注)タラノアとはフィジー語で、「包摂的、参加型、透明な対話プロセス」を意味する。

この一年の気候変動会議では、NGOを含む様々な団体の発言地位が高くなっていました。以前は各締約国の意見を中心にして解決へ向かおうとしていたのが、世界中の国や都市、企業、組織、さらに人々の共通認識と参与があってこそ、気候変動問題を順調に解決できるのだと考えられるようになってきたのです。
 
この年も、慈済は二年前と同じように「リサイクル」と「菜食」という二つのテーマを提起しましたが、今回の会議ではCO2の削減というテーマの重要性も大いに認められました。慈済は展示ブースで環境保全の理念を宣伝するだけでなく、即席飯を調理してみせ、気候変動の影響で被災した人々に慈済がどのような支援をしているかを紹介しました。また、他の団体と一緒に「菜食とCO2削減で地球を救おう」というテーマを掲げると共に、会場の外でイベントを催して、ドイツの人々に菜食を紹介しました。
              
世界の人が一丸となって共通の認識を持って行動して初めて、温暖化による災害を減らすことができることを、慈済は行動で示しています。

ポーランドで開催された第24回国連気候変動会議に、慈済はNGOとして招待を受けて参加し、ブースを設置して各国代表と交流した。大愛感恩科技公司の製品開発担当者とドイツの慈済ボランティアが、環境保全活動を紹介した。(提供・花蓮本部)

二〇一八年、ポーランドで開催された国連気候変動会議の時も「タラノア対話公式プラットフォーム」を利用するよう参加者に勧め、三つの問題について意見を発表してくれるようお願いしました。それは、「私たちはどこにいるのか?」、「私たちはどこへ行きたいのか?」、「私たちはどうやって行くのか?」の三つです。

慈済はフォーラムで「地球との共存」について報告しました。NGOなどの民間団体が気候変動によって引き起こされた問題に直面していることや、慈済が一九九〇年から、證厳法師の呼びかけで環境保全活動としてリサイクルを開始したことなどを報告しました。リサイクルボランティアは、日々行動することで地球を守り、有限な資源を大切にして環境保全の精神を心に刻み、心身ともに清らかにしています。

近年の地球温暖化による危機は、元を正せば人間の心の貪欲と満足しない気持ちに端を発しており、この問題は人自らが解決しなければなりません。一人ひとりが生活習慣を変えることから始めれば、人類に共通する問題も変えることができるということを、三十年間環境保全を推進してきた慈済の経験が証明しています。


(慈済月刊六四五期より)

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