母が転んだ

高齢者は転倒すると、自立した生活ができなくなることが多い。

気持ちまで落ち込み、食欲も減退してしまう。

母がもう一度歩けるようになるまで付き添うことは、長期的な介護となる。私一人では無理なので、家族や親戚と分業して交代でやらなければならない。

今年の三月、母がマレーシアの実家でうっかり転んでしまった。医者から脚の骨折と診断され、手術をした。高齢者が転倒すると、生活の自立度に変化が現れる。何年か前に、叔父にも同じことが起こり、仕方なく介護センターに入居することを決めたのだが、息を引き取るまでそこで過ごすことになってしまった。

母が転んだという知らせを受け取った後、私は努めて心を落ち着かせ、母の世話や支援をするために帰省した。イポー市の実家に着いて中に入ると、色々なサプリメントがテーブルに置かれてあった。私は、明るく装って笑顔で母に話しかけた。「こんなに沢山揃っているなんて、お母さんは人に慕われているのね」。

転倒してしばらくの間、気持ちが落ち込む患者は多い。罠にでも掛かったように、「私は何も悪いことをしていないのに、何故、神様は私を苦しい目にあわせるのか」と、心が閉ざされてしまうのも無理はない。具合が悪いと確かに苦しいだろうが、家族や親戚、友人が代わる代わる励ましてくれたので、彼らの真心が、まるで黒闇の中で出会った光のように、私たちを照らし、その苦境から一歩一歩抜け出すよう付き添ってくれた。

正しい食材を選んで、
正しい食べ方をする

「栄養」は、骨折患者にとって、手術後の傷口と骨折箇所が癒合するまでの時間が早くなるか遅れるかを左右する主な要因の一つだ。カロリーと蛋白質を多く摂取する他に、カルシウムとビタミンⅮも大切だ。二つとも骨を構成する重要な成分だからだ。

ベジタリアンがカルシウムを摂取する場合、ミルクとチーズ等の乳製品、高カルシウム豆乳或いは高カルシウム植物性ミルク、大豆製品、シュウ酸含有量が低い緑黄色野菜等から摂ることになる。例えば、ブロッコリー、チンゲン菜、カイラン等である。もし、この肝心な時に、飲食で充分なカルシウムを摂取ができない場合は、カルシウム剤を飲む必要があるかどうかを栄養士と相談するとよい。

ビタミンⅮは、血液中のカルシウムが骨に吸収されるのを助ける。また、皮膚を日光に当てることで、体の中に必要なビタミンⅮが形成される。これは一番直接的な摂取方法である。また、ベジタリアンでも、栄養素が添加された強化穀物、植物性ミルクや天日干し椎茸、栄養補助剤等から、ビタミンⅮを摂取することができる。

大事な時期に必要となるコラーゲンの合成を助けるために、新鮮な野菜やフルーツから充分なビタミンCも摂る必要がある。コラーゲンは、骨を構成する重要な蛋白質で、骨の癒合にも必要である。また、パパイヤや柑橘系のフルーツ、トマト等はビタミンが豊富なので、免疫力を高め、感染症にかかりにくくしてくれる。

一杯のポタージュスープが
食欲をそそる

手術後の患者によくあることだが、母も最初は食欲がなく、普段の好きな食べ物も、少しは口にしたが、全部吐き出してしまい、頭を振って「食べたくない…」と言った。

高齢者の多くはこういう時、介護者にお粥を作って欲しいと言うが、お粥は手術後の栄養を滿たすことはできない。私は、柔らかく煮たマッシュルームと蒸したカボチャや青菜、ジャガイモ等と一緒にミキサーにかけて滑らかにし、高齢者用に配合した粉ミルクを加えて母に食べさせた。帰省した最初の夜、母はあっという間にマッシュルームとカボチャのポタージュを飲み終わり、食べ切れないとは言わず、「後でお腹が空いた時、そのスープはまだあるかしら」と聞いた。

手術後何日かは、ご飯とおかずという食事を受け付けなかったので、少量頻回食に力を入れた。私はマッシュルームカボチャポタージュを二食分用意して、母が空腹になった時に、温めればすぐ食べられるようにした。

おやつ時間のアボカドとバナナは、赤ちゃんに離乳食を食べさせるように、スプーンで果肉を少しずつすくって食べさせた。一匙ずつ食べさせているうちに、私はおかしな考えを起こした。今の私の役目は、愛をいっぱいに表現する「母親」役であり、「娘」役ではないのだ。

介護という短くない道は、私一人の力で歩き通すことは無理なので、家族や親戚と交替で昼間と夜の世話を分担し、互いに一息つく時間を持つようにした。それから、物理療法士にもお願いして、充分な栄養と理学療法を行ってもらった。おかげで母は二カ月で立ち上がって、ゆっくり歩くことができるようになった。これで十分だ。

(慈済月刊六七〇期より)

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