正念でストレス軽減─いつでもできる心身のセルフケア

「正念」によるストレス軽減を練習すると、炎症反応を抑えられることが実証され、免疫力も高まった。

しかも、何時どこでもできるセルフケアだ。
「念」とは、「今」と「心」を組み合わせた字である。
今この時を生き、この瞬間に集中しよう。

「あなたが目の前の青い空と白い雲を最後に見てから今日まで、どれほどの時間が経ちましたか」。講演で来場者にこう尋ねると、決まって半分以上の人が、空を見上げていない。また、「交差点の信号機の色は、どの順番で並んでいますか」とも尋ねるそうだ。

臨床心理カウンセラーの石世明(スー・スミン)氏は、いつも簡単な質問をして、人々に注意力を促す。

慌ただしい生活の中では、心も常に慌ただしい。AのことをしながらBを考えたり、BのことをしながらCを考えたりすることがよくある。心身は「自動操縦」の状態にして、注意力は他の方向に行ってしまい、思考はよく過去や未来の中に陥ってしまう。ストレスを感じると、ネガティブな経験が出現し、知らず知らずのうちに自分の思い込みに囚われてしまう。 

四十歳を過ぎた理学療法士のAさんは、一年前に、ステージ4の卵巣ガンと診断されたが、彼女は勇敢に十回にわたる化学療法の治療を受けた。それは体の正常な細胞を破壊する負担の大きい治療であったが、再発の心配が影のように付きまとっていた。特に、再診に行く前夜はとても不安になり、一晩中眠れないことも多く、睡眠導入剤に頼らなければならなかった。

今年の四月から彼女は「正念」を学び始めた。意図的に注意力を今この瞬間に集中し、正念で呼吸して、歩く時も一歩一歩に集中する。ネガティブな考えが起きると、すぐ呼吸に注意を戻し、「考えは単なる考えであり、事実ではない、本当の事と思ってはいけない」と自分に言い聞かせる。そして、毎日寝る前に、その日の楽しい出来事と感謝すべきことを十個書いている。

二カ月の正念快眠コースに参加していた間、彼女は毎日服用していた睡眠導入剤の量を一錠から半錠、更に四分の一に減らすことができた。以前は夜中に何度も目が覚めていたが、やがて六時間半も眠れるようになった。もっと重要なのは、以前は緊張した状態が一日中続き、何もやる気がしなかったが、今は心が落ち着き、雑念もなくなって、再診の報告書にも病状が落ち着いていると書かれてある。

身体と心と意識は相互に影響し合っている。心が煩悩や憂慮から解き放たれると、体もそれに応じて変化していく。

眼、耳、鼻、舌、身の五官で感じ取る。口の中で一粒の干しぶどうを咀嚼した時、何を感じ、どういう味がしたか?正念コースはこのように、集中力と観察力を訓練している。

正念によるストレス軽減を伝統的治療に取り入れる

一九七九年、アメリカ・マサチューセッツ工科大学の分子生物学のジョン・カバットジン博士は、禅の修行法とその教えを取り入れて、当大学付属病院にストレス軽減外来を開設した。先ず、八週間の「マインドフルネスストレス低減コース」で患者はストレスを和らげ、痛みと病に苦しむ心理を整える。その療法による患者への治療効果は、当時の医療や薬物で処置できる範囲以上に及んだので、各方面から認められた。

この療法は今では医療の選択肢の一つとなっている。アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリアなどの医療機関では、少なくとも七百二十以上の正念療法に関連したコースが開設されている。

石氏は、カバットジン博士のマインドフルネスストレス低減心身医学の専門訓練に参加したことがある。石氏は次のように説明した。イギリスの臨床心理学者が正念療法を伝統的なうつ病治療に取り入れ、二十年にわたる研究と検証の結果、正念による認知療法が三回あるいは三回以上のうつ病再発に予防効果があることが分かった。

著名なカナダ・カルガリー大学の心理社会腫瘍学准教授のカールソン博士は、カバットジン博士の実践方法を基礎に、「マインドフルネスによる癌回復コース」を作成した。癌患者が経験する様々な心身症状が効果的に緩和できると同時に、このような訓練が免疫システムを強化し、炎症指数を下げることを発見した。

しかし、正念とは何なのか?なぜストレスを軽減し、免疫システムにまで影響を及ぼすことができるのか?

生活の中ではいつも、思いがあらぬ方向に行ってしまう。正念の練習は、毎日十分間だけでも、注意を一箇所に定めるようにすれば良い、と臨床心理士の石氏が説明した。例えば、呼吸に意識を向け、自然に行なって、心の専念を練習するのである。

正念とは何か?

欧米の「マインドフルネス」は、ポジティブ思考を指しているのではなく、宗教との関わりもない。ジョン・カバットジン博士によれば、「マインドフルネスとは、意図的に注意を目の前の事に向け、次から次へと移っていく瞬間の経験に対して評価せず、気づいて把握することである」と説明している。

注意を呼吸に集中し、空気が鼻から入って、腹部が膨らむのを感じ、呼吸するプロセス全体と体の感覚を感じ取るのである。もし注意力が逸れたら、優しくそれを引き戻せば良い。

慢性痛の程度が改善された

カバットジン博士は、マインドフルネスとは「意図的に目の前のことに集中し、一瞬また一瞬と現れる経験に対して、評価するのではなく、そこに生じたことを察することである」と言った。

「正念とは、ポジティブな思考或いは方向転換をするのではなく、見えるままに、心の働きが如何に影響するかを経験することです」。石氏によると、正念訓練は静座を通して、呼吸に意識を集中させ、ボディスキャン、正念の食事、正念の歩き方などを練習して、呼吸や眼、耳、鼻、舌、身の五官に意識を集中させることで、心の落ち着きを育むと共に、察知する力を育てることであり、慣性反応に支配された情緒の渦巻に心が引き込まれないようにすることである。

一般の人の、ストレスやネガティブな感情に対する習慣的な反応というのは、抑制や逃避又は積極的な前向き思考で打ち負かすというものだ。だが石氏は、正念による対処方法は「受容法」であり、湧きおこった考えや感情に抵抗しないと同時に、それらの考えや感情にも追随しないことだ、と強調した。カバットジン博士の名言は、「練習の時、注意力が無意識に何千回逸れても、優しく注意力を何千回もの呼吸に連れ戻す」である。優しい方法を使って、それまでの生活環境で形成された脳の連結反応を一歩一歩修正していくのである。

石氏は、「正念は患者が心の働きを察知するのを手助けします。心身に関する問題に対して、正念を元来の治療に取り入れることで、治療効果を強化したり上げたりすることができるからです」と指摘した。或るアメリカ国家衛生研究所の資金援助を得て、拒食症や過食症などの疾患に対する調査を行った臨床研究の報告では、正念の食事療法の練習により、無意識に行なっていた間違った食事パターンが変えられ、一口ずつ口に入る食べ物を察知し、体を健康にすることに役立った、と書かれてある。

体内のストレスホルモンや炎症反応が低下すると、生理、心理、脳、病気に対して、多くのプラス効果が出てくる。

「正念の練習によって、慢性的な痛みの程度を和らげることができます。その効果はコース修了後も暫く持続できます」。台北慈済病院の心身医学科主治医の李嘉富(リー・ジァフー)医師は、研究文献にも書かれてあるが、正念コースと正念認知療法は、関係する生理指標にも影響を及ぼす。例えば、血圧とストレスホルモンに関して、心血管疾患患者のストレス、憂鬱、不安の程度を軽減し、関節リウマチ患者の一部の症状を改善できた、と述べた。

正念は生活の中に取り入れることができる。臨床心理士の陳宜家氏は、正念でもって道を歩き、一歩ずつ地面を踏む感覚を感じ取る。食べる、飲む、洗濯する、車を運転するなど、全てが正念の練習になり得る、と説明している。

日常の美しい出来事を感じ取る

台北慈済病院は、心療内科や入院患者が心身のバランスを保てるようになることを期待して、二〇一四年に正念ストレス軽減コースを導入した。台北慈済病院心身医学科臨床心理士の陳宜家(ツン・イージァ)さんによると、臨床で一番よく見られる、憂鬱症とパニック障害は、体が常に戦闘状態の一歩手前にある、という。呼吸の練習を通して、長年習慣となっていたストレスに対する自動反応を調節することができる。過剰な交感神経の働きを抑え、副交感神経の働きを活発化させることで、緊張を解いて安定した状態にするのである。

陳さんはここ数年、多くの患者に付き添って、正念の練習を行なって来た。その結果、患者は自信が出て、内心の怒りが抑えられ、日常でも睡眠の質と食欲が改善された。

正念の練習では、その瞬間の、体の感覚や情緒、考え方などを含む経験に注意を払い、自分が今、何を経験しているのか、どれが核心となる信念から出てきたものかを鋭敏に察知するのである。

例えば、家事をして、夕食の支度を急いでいる時に、帰って来た子供の不機嫌な顔を見ると、心の中で「また何を起こしたのだろう」、「私はこんなに疲れているのに、この子はまた難しい顔をして…」という思いが浮かび、一言でも合わないと、衝突が始まってしまう。

目の前で遭遇した出来事に対して、空腹や疲れなどが、その瞬間の生理的な感じ方なのかどうかを識別すべきなのである。一時的な体の感覚や情緒、思考に引っ張られるのではなく、情緒の波によって引き起こされる苦痛を軽減することである。心を引き戻し、目の前の仕事をやり続けるか、或いは手を休めて相手の話をしっかり聞くべきである。「評価しない態度で、目の前で遭遇したことに目を向け、より多くの解決策を見つければ、人は冷静になり、ストレスに対応できるようになります」。

「正念の練習の目標の一つは、人々にこの瞬間または生活全体の中で、より多くの意識と存在感を培うことを助けるものです」。陳さんによれば、このような変化は、目の前の美しさを大切にし、楽しむようにさせ、正念の五感体験練習を通して、食べ物の味をじっくり味わい、雨の音を聞き、体に吹いてくる風を感じれば、もっと生活の中の美しい事柄に目を向けるようになるのだ。

一口ご飯を食べる度に、その味に注意を払い、生活のあらゆる行動の中で、思考を一瞬一瞬に集中することができれば、切り離された体と心を再び結び付け、誰でも心身の健康に努めることができるのである。

(慈済月刊六八三期より)

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