(撮影・游濬紘、劉偉興)
「慈悲のテクノロジー・イノベーションコンテスト」が始まって七年間、四十七項目もの発明が業界による選考を経て受賞し、既に商品化の段階に入っているものもある。
社会への関心と創意が企業の伴走支援を得て次第に形となり、青年発明家が「殻を破って飛び出し」ている。
世界を変える彼らは、口先だけの人ではない。
応募作「ウミガメ防護カバー」の前で、国立台北教育大学の学生・薛凱潔(シュエ・カイジェ)さんが、審査員に開発理念を説明した。
「地球温暖化によってウミガメが棲息する砂浜の温度が高くなり過ぎているため、生まれてくる子ガメはメスが多く、オスが少ないという状況になっていますが、子ガメの九割がメスという異常事態さえ発生しています。何とかしなければ、絶滅してしまう恐れがあります……」。
卓上には逆さまにした鍋のような形の防護カバーが置かれてあった。サトウキビの絞りかすとケルプなどの天然素材を圧縮して作られたもので、日光は遮るが、通気性がよく、砂浜を適切な温度に保つことができる。カバーの上部にはウミガメの卵の位置を示す掲示板が立っており、足元には、殻を破って出てきた子ガメが海に向かって這って行けるよう、複数の出口が設けられている。
「世界にはあなたのような人材は多くないでしょうが、ウミガメに関心を寄せる人は多いはずです。このアイディアにはどれくらいの独自性がありますか」。
プレゼンテーションが終ると、審査員が登場した。台北慈済病院の趙有誠(ヅァオ・ユウツン)院長を皮切りに、続けて工業技術研究院の蔡禎輝(ツァイ・ヅンフウェイ)所長、デザイン業界の達人・伍志翔(ウー・ヅーシャン)ディレクターも質問した。
「サトウキビの絞りかすによるカーボンフットプリントはどれくらいですか。廃棄物を利用して、逆に他の部分でCO2排出量が増えることはありませんか」
「他に似たような解決手段は存在しませんか。このアイディアがより優れている点はどこでしょうか」
立て続けの質問によって、応募者はその場での対応能力と課題に対する熟知度を試された。
百件の応募作品のうち、「大学の部」から十六組、「高校の部」から八組の優秀作品を選出し、緊張感にあふれる質疑応答の後、上位三名、佳作、「一番人気賞」、「企業特別賞」などが次々に発表された。入賞作品には、既に完成品となっているものもあれば、未だ構想段階だが、高いポテンシャルを持ち、今後の進展が期待されるものもある。また、学びと成長という角度から見れば、「知恵を絞る」過程を経て、実践から学んだ応募者たちは、順位に関わらず全員が勝者だと言える。
慈悲のテクノロジー・イノベーションコンテストの審査員団は、「汲水人」開発チームの説明を聞き、質問を発した。(撮影・劉偉興)
競合を避けてはいけない
アイディアを行動に移そう
この「慈悲のテクノロジー・イノベーションコンテスト」は、若い学生のアイディアが社会を利するエネルギーになるよう、二〇一七年から慈済基金会と慈済科技大学が合同で実施している。応募チームは、一回目は四十組余りだったが、二〇二三年の第七回では百二十組余りが競合した。ここからも分かるように、今でも諸々の困難に直面しても、競合を避けたいと思わない人は多く、世界を変えたいという夢を持って、それを行動に移しているのだ。
応募者は大きく慈善と医療の二つの分野で創造力を発揮している。慈善活動に興味があるチームは、防災や災害への備え、災害支援などからアプローチしたり、社会福祉に着想を得たりして、へき地に暮らす立場の弱い人々の生活を改善し、持続可能な地域社会や環境づくりを促進する作品をデザインしている。また、医療介護に関心を持つチームは、お年寄りや病人、障害者などの支援や介護方面で工夫を凝らしたり、医療従事者の労働環境の改善や患者の安全と福祉の向上に役立つ作品を開発したりしている。
応募作品は、環境五R、「リフューズ・リデュース・リユース・リペア・リサイクル」のうち、少なくとも二項目を満たさなければならない。「多くの製品は、開発する時、ひいては量産時に大量の資源を消耗し、大規模な汚染を引き起こしています。ですから、構想のスタート時点から環境に配慮するよう求めています」と慈済科技大学の羅文瑞(ロー・ウェンルェイ)校長が説明した。
昨年度のコンテストでは、五月一日の応募から十一月十八日の決勝と授賞式までに、計百二十組余りが参加し、そのうちの二十四組が決勝に進んだ。審査員の質問に対応するため、各チームともしっかりと「即答」の準備をして好成績と賞金の獲得を目指した。
審査員は実用性、使いやすさ、価格の手頃さ、市場受容性、応用しやすさなどの面から製品の総合的な完成度を評価すると共に、各チームにアドバイスや課題などを与えた。台北慈済病院の趙院長は、次のように述べた。
「コンテストである以上、勝ち負けはあります。例えば、恰幅の良さを競えば私の勝ちですが、若さを競えば君たちの勝ちです。発表された順位が自分たちの想像と開きがあっても、それは見方の違いでしかありません。ビジネスの視点で審査する大会もあるでしょうが、今日は慈悲という出発点や社会的弱者や地球への配慮を重視しました」。
趙院長は、皆の創造力がすでに芽吹いていることを高く評価し、「君たちの周りにいる若者が、未来のビル・ゲイツになるかもしれません。いつか君たちが経済的に成功した時も、人を助けたいという初心を忘れないでいて欲しい」というメッセージを送った。
「汲水人」
前を行く人が後ろの人を導く
決勝に進出した慈済科技大学「汲水人」開発チームは、一年半もの努力の末に、電力の要らない慈悲の浄水装置を開発した。メンバーの一人で看護師の蒋怡慧(ジァン・イーフエイ)さんはこう語った。
「アフリカや発展途上国で安全な飲み水が不足している報道を見て、電力供給もあまり安定していない地域で使える、手動加圧式浄水器を思いつきました。開発中は何度も失敗しましたが、その度に益々やる気が出てきたので、目標が明確なら、努力する価値はあると思いました」。
ろ過器はホースやペットボトル、古着など身近にある材料で作ることができ、水をろ過した後、古着を取り外して洗えば繰り返し使えるのだ。最高水準のリユースを達成している点として、電力を使わず、経済的でコンパクト、洗えるフィルター、部品交換と消耗品の入手の容易さ、環境配慮などが挙げられる。
彼らがこのような製品でコンテストに応募したのと同じ時期に、慈済基金会は既に十月上旬の台風14号によって甚大な被害を受けた蘭嶼に、浄水装置を届けた。蘭嶼の住民は、途切れることなく浄水を手に入れることができた。
慈済基金会防災チームリーダーの呂学正(リゥ・シゥエヅン)さんによると、蘭嶼に送った「UVCLED殺菌浄水システム」の前身は、慈済と工研院(工業技術研究院)が共同開発し、二〇一八年、ラオスの洪水被害を支援した時に使われた「高機動性省エネ浄水モジュール」だという。その装置は四組のろ過器から成り立っており、一日に二トンの水をろ過することができた。各ろ過器のタンクは大型スーツケースに入るサイズで、救援人員が携帯して飛行機やバスで運ぶことができ、別途輸送を手配する必要がなかった。
二〇二三年三月、工研院は慈済の要望に応えて、改良型の浄水装置を開発した。タンクは二十八インチのスーツケースより少し大きいだけで、ろ過性能は一日三トン以上に向上した。
「この装置には三つのフィルターが付いています。まず一つ目と二つ目のフィルタで不純物を取り除き、三つ目のUFフィルムで細菌の大部分をろ過し、最後にLEDで紫外線を照射して残った細菌やウィルスを死滅させます。この装置を通した水はそのまま飲めますよ」と呂さんは胸を張った。
この例が示しているように、慈善災害支援を行う場合には、「慈悲のテクノロジー」装置で厳しさを増し続ける災害に対応し、さまざまなニーズに応えるため、日進月歩で努力し続けなければならない。
慈済科技大学の「汲水人」チームが開発した電力不要の浄水装置は、緊急時に飲料水を提供することができる。(撮影・劉偉興)
新しいアイディアで
苦しむ人々を助ける
雲林科技大学のチームを指導する潘志龍(パン・ヅーロン)教授によると、今の教育は学術と実用の差を縮めることを重視しており、学生たちの努力が全国的、更には国際的なコンテストでノミネートや入賞が叶えば、その経験は進学や就職にもかなり役にたつ、という。
また、羅校長はこう語る。
「学生チームは、資金、設備、技術など各方面においては、充実したリソースを持つ企業とは比べ物になりません。彼らの作品や概念が未熟なのは致し方ないことです。それでも皆がイノベーションに取り組むよう励ましたい」。さらに、慈済基金会の劉効成(リュウ・シァオツン)副CEOも、「イノベーションとは、必ずしも新しい物事を発明しなければならないのではなく、今ある技術を衆生のニーズや慈悲、善念と共に、それを応用してより大きな善の影響力を生み出すことなのです」と付け加えた。
慈悲とは「抜苦与楽(苦しみを除いて、安楽を与えること)」である。慈悲のテクノロジー開発の重点は、苦しんでいる人の助けになること、そして、大地に生きる衆生に優しく、害をもたらすことなく、更にはすでに著しく破壊されている地球環境の助力になること、である。利他の心によるイノベーション開発の余地は、実は無限に広がっているのである。慈済は、熱意と創意にあふれる若者たちが、この「善の競争」というコンテストに参加することで、世を救い、衆生を利するために、愛と智慧を奉仕し続けてほしい、と呼びかけている。(一部資料 提供・呉珍香)
(慈済月刊六八八期より)