タイ・南部の洪水被害—緊急支援!物資搬送車が千里を駆ける

12月1日、被害調査チームは甚大被災地の一つであるチャナ郡バンナ郷を訪れた。一部の住宅ではまだ水が引いておらず、住民はボートで出入りしていた。

洪水で一階が水没し、屋根に上って救助を待った一家。激流を越えて、徒歩で学校に避難した九十歳のお年寄り。

慈済はタイ南部で水害に見舞われた地域を支援するため、三千人分の支援物資を六輪トラックに積み、千キロの道のりを横断して、薬や水が不足していたチャナ県へと急いだ。

タイ南部は毎年十一月、北東の季節風の影響で十分過ぎるほどの雨が降るが、二○二五年はサイクロン・セニャールの影響で、ソンクラー県を含む十の県で猛烈な豪雨となり、百八十人余りが亡くなり、三百万人余りが影響を受けた。

ソンクラー県最大の都市ハジャイ市では、三百年間の日降水量(にちこうすいりょう)のうちで過去最高を記録した。 道路や住宅が冠水し、住民は荷物を抱えて屋根に上り、手を振って救助を待った。ある住民は、「二○○○年と二○一三年には洪水で一階まで水に浸かりましたが、今回のように建物全体が完全に水没したのは初めてです」と、その時の恐怖が忘れられない様子だった。

メディアはハジャイ郡ばかり報道していたが、隣接するチャナ郡も同様に苦難に直面していた。チャナ郡の副郡長は十二月一日、慈済の現地調査チームと面会した時、十一月二十六日に災害が発生してから、物資はハジャイ郡に集中し、チャナ郡にはまだ支援組織が入っていないことを率直に明かした。

沿岸部のサコム郷やバンナ郷の被害が最も大きく、洪水は三階にまで達した。給水システムの損壊で、日常生活に支障が出たため、住民は泥水で鍋や食器を洗っていた。その上流には農場があり、溺死した水牛の群れの死骸によって水源が汚染され、伝染病の発生も懸念されている。県政府は、地域全体で給水車が極度に不足しており、予算があっても短期間に水の問題を解決できないことを打ち明けた。

慈済タイ支部は、資源の乏しいジャナ郡に支援の重点を置いた。ボランティアたちは、解熱剤、抗炎症薬、風邪薬などの医薬品、及び生活用品と清掃用品の調達に奔走した。十二月一日と二日には、バンコクの静思堂で三千人分の物資を梱包し、それを載せて、六輪トラックが千キロの陸路を十五時間かけて走破し、やっとジャナ郡に到着した。

タイ支部の張惠珍(チャン・フェイヅン)副執行長が先頭に立ち、ボランティアたちが現地の調査を行い、県政府と協議した。また、マレーシアのペナンやケダのボランティアも支援に駆けつけ、タイ南部台湾人企業家懇親会と協力して十二月三日と四日に、サコム郷の二千六百世帯とバンナ郷の四百世帯に支援物資を配付した。

サコム郷在住の九十歳の女性は、洪水が猛烈な勢いで押し寄せた時、ロープを掴みながら胸の高さになった水の中を移動して、学校に避難したそうだ。当時を思い出し、彼女は胸を押さえながら泣き続けた。「とても怖かった……あんな洪水は初めてです!」 ボランティアは彼女が微熱を出していることに気づき、幸いにも薬がタイミングよく届けられた。

災害後はきれいな水が不足するが、若い世代が協力してその困難を解決した。スパポンさんと従兄弟のアフナンさんは、八日間毎日車に大きなポリタンクを載せて村役場まで水を汲みに行き、村に戻って各家庭に配って回った。スパポンさんは、「自分の家も水が必要ですが、他の家も必要ですから、アフナンさん一人に苦労をかけたくないのです。疲れているかと聞かれれば、確かに疲れていますが、心から望んでやっています」と言った。慈済は、被災地の給水と送電が復旧するまで、生活用品や食料の配付を続ける予定である。

(慈済月刊七一〇期より)

村長の案内で、タイ支部の張惠珍副執行長(左2)一行が被災世帯を訪問し、今のニーズを聞き取った。

12月3日、支援物資が到着した。住民はそれを受け取って家路に着いた。

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