日々、真理と向き合って暮らす 真理と向き合い、清らかな本性が現れれば、 迷いが智慧に変わる。
考え方が老化してはいけない
旧暦一月十五日の元宵節、上人は朝の日課の後、大衆にこう開示しました。
「時間は素早く過ぎ去り、既に新年の一回目の満月が訪れました。私は毎月旧暦の一日と十五日に、時間を大切にするようにと皆さんに言ってきました。分秒は矢の如く過ぎ去り、時間は止めることも捕まえることもできません。私たちの生命も同じです。色、受、想、行、識という五蘊はとても微々たるものですが、同様に止めることはできず、人は知らず知らずのうちに老いていくのです。体は老いていきますが、考え方が老けてはいけません。いつまでも若々しく保ち、積極的に分秒を使って生命の価値を発揮するのです」。
「時間は人生の中でも最も尊いものであり、時間が因果を引きずり、未来に希望をもたらしてくれます。私たちの希望はどこにあるのでしょう?修行するなら、清浄無垢になるまで修行し、自分の中にある仏と同じ本性を示さなければなりません。仏に学ぶなら、迷いを智慧に変え、日常生活で真理と向き合わなければいけません。真理と向き合って、悟りの本性である真如を見つけるのです」。上人は人々に、真剣に時間を使い、福を修めて智慧を増やすべきであり、見せかけの楽しい日々を送って時間を無駄に過ごしてはいけない、と教えました。
教師は庭師の如し
慈済教師懇親会が一九九二年に設立され、数多くの教師が学校で静思語教育を推し進めました。北部の教師は静思語を授業に適した教材にして、各科目の授業に取り入れました。数文字の一句一句は授業の方法を変え、教師と生徒の感情が良くなり、親子関係もそれまで以上に緊密になりました。教師懇親会三十周年に当たって、北部教師懇親会は静思語教育の経験と心温まる出来事を募集し、静思語リソースセンターに連絡用のプラットフォームを立ち上げて、静思語の真・善・美を分かち合いました。また、それを教育に携わる人や関心のある人が静思語教育を理解し、運用できるよう提供しました。
教師たちの話を聞いた後、上人は、「近頃、私は性急な望みを持っています。それは過去に蒔いた種がちゃんと植えられ、芽を出して、木に育ち、森になったかを気にしているからです。皆で過去にどこに種を蒔いたのか、菩提の苗はどこに植えたのか、振り返ってみてください。教師は庭師のように、種を植えたからには戻ってきて世話をし、水をやって育て続けるべきです。これが責任のある庭師と言えます」。
静思語教育は教師や大愛ママたちが学校で始めたものである。斗六市溝壩小学校附属幼稚園で、ボランティアと子供たちが静思語の勉強をしていた(撮影・張国徽)
「今、二、三十年前に教師懇親会に参加したばかりの頃の人々や出来事を、振り返ってみてください。屏東の尤振卿(ヨウ・ツンチン)先生は静思語教育を始めた時、やんちゃな子供たちを教育して、物分かりが良く礼儀のある子供に育てました。それからは、全校の先生たちが静思語を使って生徒たちを指導するようになりました。あの頃、台湾の各地に彼女のような教師がたくさんいて、皆が心を一つにして実践していました。それ故に教師懇親会は大きく成長し、静思語教育は多くの学校でとても良い成果をあげているのです」。
上人はこう言いました。「あの頃の呼びかけと実践を経て、『静思語』は多くの言語に翻訳され、静思語教育の教材も各国の慈済人が世界各地に持ち帰って使い、広めてきました。これらは全て価値のあることであり、時間と空間の制限もないため、皆でこの縁を大切にしなければなりません。過去に集めて整理した教材と関連資料を再度まとめて編集してから、現代社会の習慣に見合った内容に整理し直し、古いものを新しい知識に置き換えるのです。古い資料を用いて歴史の証人になると共に、当事者の話を聞くこともでき、お互いに生き証人となって、最も価値のある歴史を文章にして書くのです」。
「あなたたちは静思語教育を積極的に推し進めてきましたが、今もそれを必要としています。以前の学生は既に教職に就いており、彼らの教育状況に関心を持って交流することで、当初、どうやって静思語教育を発揮して来たのかを振り返ることができます。今でも新たに以前の方法を用いるのです」。「時代がどのように変化しても、教育の基本精神は変わらず、教師がどのように心して智慧を使って教育の良能を発揮するかにかかっています。教育の原則を守れば、方法はいくらでも改めたり、変えることができます。慈済の教育理念と方法はいつまでも受け継がれ、次世代の教師が絶えず良いところを吸収しながら、随時改良して、いつまでも質の良い教育を保ち続けなければなりません」。
(慈済月刊六六五期より)