異国の地で頑張る人々がパッチワークで故郷への思いを紡ぐ

シンガポールには、コロナウイルスの感染者が六万以上いるが、その九割を占めているのが海外からの「ゲストワーカー(外国人労働者)」である。彼らは国の建設を支えている重要な人たちであり、政府は検査、治療また隔離施設を提供している。慈済は各種の活動を通して、異なる民族間で互いに支え合い、困難を乗り切れるよう導いている。

国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)は二〇二〇年、アジア太平洋における外国人労働者に関する報告書に、各国に対して「外国人労働者」を新型コロナのワクチン接種計画に組み込むよう呼びかけた。彼らは、比較的容易に高い感染リスクに晒されてしまうグループに属しているからである。

グローバル経済の中で、その競争力が上位にあるシンガポールでは、国民と長期在留資格を持つ人にはワクチンを接種する権利がある。では国内にいる「ゲストワーカー」と呼ばれる外国人労働者はというと、異国の地で永遠にゲストとして扱われるのだが、このほどワクチン接種プロジェクトに組み込まれることになった。シンガポールでは、昨年一月にコロナウイルスの感染者が確認されると、政府は直ちに、接触確認のための行動追跡アプリと来客登記システムを国民に提供し、その卓越した検疫効果はハーバード大学疫学専門家から絶賛された。しかし、三月末に大規模なクラスターが発生し、その多くがゲストワーカーの宿舎で起きていた。それにより、政府は緊急にロックダウンに似た「遮断措置」(Circuit Breaker)を発令した。人々はほとんど在宅授業や在宅勤務をすることになり、飲食はテイクアウトだけに限られ、そして、全国に在住する約三十万人のゲストワーカーに対して検査や隔離が行われた。

今年五月に再度コロナの感染者が確認され、政府も厳しい規制措置を実施した。政府が、二度目のゲストワーカーの宿舎に対する検疫隔離強化措置を取って二週間も経たない五月十七日の朝、慈済人文青年センターは、政府の人材開発省から、慈済が去年から行なっていた「ステイホームキルト〜囲いの中で綴る」(Stay Home Quilt)プロジェクトの精神でもって、ゲストワーカーの心の健康を手伝ってほしいという主旨の電話をもらった。

慈済シンガポール支部は去年11月、「ステイホームキルト〜囲いの中で綴る」展示会を開催し、数多くのゲストワーカーが縫い上げたパッチワーク作品や心温まる交流の写真などを展示し、異なる民族間の交流を深めた。

「正しい」ことをする

政府はゲストワーカーに対し、治療費、隔離施設、食事さらには、給料まで提供していたが、国民が通常の生活や経済活動を再開されても、ゲストワーカーは依然として行動を制限され、食事は部屋の前に届けられ、隣の部屋へ行くことも禁じられていた。そして、数カ月に一回外出できる時には、雇い主が彼らを車で政府の指定した憩いの場所や郵便局、送金、日用品の買い出しに連れて行き、それ以外の時間は、毎日、「宿舎」と「工場」を往復するだけの生活をしていた。自由に行動できるとまでは言えないが、それでも部屋を出て、外の新鮮な空気を吸うことができるので、彼らは十分に満足している。

慈済は半年以上、ゲストワーカーのケアをしている。内容としては、感染者の宿舎の用意やマスク、生活物資、オンライン講座、励ましの活動などを提供している。中でも、「ステイホームキルト〜囲いの中で綴る」は去年、慈済シンガポール支部が芸術団体や企業と共同で始めた芸術プロジェクトである。「囲い」とは、コロナ禍で宿舎が囲いのような存在になり、彼らが長期間、故郷を離れて働きながら、家族を思い続けていることを意味している。その活動のホームページに申し込めば、慈済人文青年センターから針や糸、ボタン、生地などが入った裁縫セットが届くので、自分のアイデアを活かすこともできるし、「裁縫」によって心を落ち着けることができる。

「故郷への思いをパッチワークに縫う」だけでなく、慈済人文青年センターは去年、五百五十人のゲストワーカーと一般市民にパッチワークの作品を提供してもらい、芸術家の王文清さんが集った作品を縫い合わせて「家」を象徴する芸術品を創作した。コロナ禍が落ち着き始めたことを機に、慈済人文青年センターは展示会を催し、鑑賞や交流に地域の民衆やゲストワーカーを招待した。この活動は当時、社会でも大きな注目を集めた。

慈済人文青年センターマネージャーの林杏純(リン・シンジュン)さんによると、この企画は大量の回収資源を使っており、布地もボタンもエコステーションにある古着から切り取ったものである。ボランティアとゲストワーカーの器用な手により、役に立たないものや捨てるには勿体無い古着に新たな生命が吹き込まれただけでなく、社会で立場の弱い人々と芸術とを結ぶという高いレベルの役目を果たし、彼らに寄り添うきっかけとなった。今年は政府招待の下、慈済人文青年センターは異なるNPO団体と共同で企画し、オンライン講座や芸術工房、裁縫、詩の朗読などさまざまな活動を通してゲストワーカーのケアを行なった。

慈済シンガポール支部も積極的にゲストワーカーセンターと連絡を取り、ボランティアが宿舎に入ってケアをしたり、ストレス解消の活動や講座を開催したりした。「あなたはこの四カ月間で、ルームメイト以外に私が初めて会った人です!」これは、林さんが宿舎ケアをした時に、インド国籍のゲストワーカーが彼女を見て発した第一声である。相手の興奮した様子に、林さんは思わず目頭が熱くなったことを覚えている。彼女は、その言葉で心が揺り動かされただけでなく、「自分がしているのは正しいのだと感じました」と言った。

この一年余りで、シンガポールのコロナ感染者は六万二千人余りに上り、その八〜九割がゲストワーカーである。従って、ボランティアが宿舎ケアする時、緊張を伴う。防護フェースシールドの下に四層のマスクを着ける人や感染を避けるために五時間もお手洗いに行かない人もいる。

「たとえ感染防止を徹底していても、自分が感染していない保証はありません!」林さんが一番感動したのは、ボランティアは感染を恐れていても、勇敢に宿舎に行っていることである。それは、心細いゲストワーカーに温かさを届けたい一心であり、活動の後、ボランティアは「こんなに近くでゲストワーカーと交流したのは初めてです!」と感想を述べた。

「ステイホームキルト」の企画が始まると、近くの住民やゲストワーカー、ボランティアが絨毯を作り、多くの人による縫い合わせで、「家」を象徴した。

隔離生活を孤独なものにしない

シンガポールは遮断措置を去年四月から六月まで実施した後、徐々に緩和したが、その期間中、慈済が定期的に行なっていた以前からの長期ケア活動は停止を余儀なくされたため、ボランティアは百世帯余りの老老介護や一人暮らしの弱者世帯に対して電話訪問を続けた。その過程で多くの人が感染防止用物資を購入することができず、繰り返し医療用マスクを使っていることを知り、慈済シンガポール支部は「安心祝福セット」を用意した。中には非常食、マスク、ハンドソープなど防疫物資が入っている。また同時に特殊な対応を必要としている人には、車椅子やベビー用品などを提供した。

経済的に困難な状況にある世帯の、生活でのストレスを緩和すると同時に、政府の感染防止のための遮断措置に呼応して、あらゆる物資の配送を、運送業に勤めていてコロナ禍で生計に影響がでているボランティアやケア世帯に委託した。慈済シンガポール慈善志業発展室副主任の呉麗瑩(ウー・リーイン)さんの説明によれば、遮断措置期間中、貨物の運転手のような政府の許可を得ている職業だけは行動が制限されていないとのことだった。そこで、「仕事を与えて救済に代える」方式を使えば、物資を必要としている人の元へ届けることができる上、支援を受ける人が人助けする側になり、奉仕することで達成感を得ることができるのである。

呉さんはこう話した。ある中年女性は、自分が外に出て感染すれば、療養中で免疫力の低い夫に感染させてしまうかもしれないと恐れ、毎日家から一歩も出ず、余りにもストレスが溜まったため、窓から大声で叫ぶことでストレスを発散していた。ボランティアが電話をした時、女性はもう長い間、パンを口にしていないと言った。その晩、同じ地区に住んでいるボランティアが、一斤の食パンを彼女の家に届けた。

ボランティアは、女性がパンを受け取った時のことを思い返し、子供のように小躍りして感謝の気持ちを表す彼女にびっくりしたと話した。「私たちにとって容易に手に入るパンが、その女性にとっては、天からの恵みのように映るのです…」。呉さんは、コロナの影響で人と人の交流やソーシャルディスタンスを絶ってしまったが、本来は何気ない日常の行いが、人々の心に温もりを届ける小さな幸せになっている、と言った。

(慈済月刊六五六期より)

コロナ禍の一年を振り返って
  • 誰もがマスクを必要としている時、布マスクとマスクカバーを作成した。当初は五百個の計画だったが、最終的には五万個縫いあげた。ゲストワーカー宿舎でクラスターが発生したため、ケア活動を展開した。社会に必要なことは率先してやる

  • 自分の出身や民族にかかわらず、同じようにシンガポールにいるのであれば、一緒に乗り越えなければならない。その道は険しくても、進み続けるというポジティブで楽観的な生き方をしたことで、この一年は充実し、感謝に満ちた年になった。
    ─ 慈済人文青年センターマネージャー林杏純( 編集・彭潤萍)