慈済の源泉

編集者の言葉

「もし、苦しんでいる人がいなければ、慈済ボランティアには、そこへ辿り着く縁も、奉仕する機会もありません」。台湾全土で歳末祝福会を取り行っていた間、證厳法師はネパール・ルンビニ村のボランティアチームと何度も連絡を取っていた時、歴来の因縁を回顧した。

ネパールは世界で最も貧しい国の一つに数えられている。慈済の援助は一九九三年の水害支援から始まり、以後二〇一五年の震災でも支援が行われた。ルンビニ村は仏陀の生誕地として有名だが、現地には様々な信仰があり、仏教は衰微して久しい。法師は、「仏教の為、衆生の為」という悲願で以って、仏陀の精神を仏法の発祥地に持ち帰り、地元の貧しい人々を済度したいと考えている。

ボランティアチームは昨年四月から五月にかけて、ルンビニで施療と慈善、そして教育に関する活動を展開した。十二月中下旬、慈済が主催した第一回職業訓練パソコンコースが終業し、その後、多くの受講生が次々と職を得た。また、現地の小中学校は十年間の義務教育であるが、貧困のために多くの児童や生徒は学校に通っていない。ボランティアチームは視察と調査を行っただけでなく、学校を訪れて文房具やその他の物資を配付し、生活に係る衛生教育を行って、子供の教育の重要性を保護者が理解することに期待した。

将来の中長期的な支援では、学校建設に加えて、慈済の四大志業を広めていく。現地の文化や風習を理解した上で、貧困者の自立更生を根本から支援できることを願っている。

ネパールは言うまでもないが、裕福な国にも貧困者が暮らす社会の暗がりが存在する。二〇二二年、オーストラリア慈済人医会(TIMA)」の歯科医である盧以欣(ルー・イーシン)さんは、クイーンズランド歯科医協会から医療奉仕賞を贈られた。彼女は医学部時代、オーストラリア第三の都市であるブリスベン近隣の町で、多くの移民や難民に医療資源が全く行き届いていないことを知った。彼女は、患者が耐え難い歯痛に襲われた時、工具箱から道具を取り出して、自分で抜歯していたことにショックを受けた。彼女は自分の最善を尽くそうと誓いを立て、二〇〇四年から難民への医療奉仕を始めた。

ボランティアチームの後方支援の下、医療チームのメンバーは徐々に増え、診療科の数も次第に増加している。ボランティアや看護師は、待合室にいる患者たちに衛生教育を行うことで、医者にかかる緊張感を和らげている。二十年以上にわたり、シドニーやメルボルンなどでも、慈済人医会チームが恵まれない人々に希望をもたらしている。

中東において、シリアは以前は豊饒な国だったが、十年以上続く内戦により、数百万を超える人々が家を追われた。今では世界最大の一つに数えられる難民危機をもたらし、隣国ヨルダンが大規模なキャンプを提供して難民を庇護している。今月号の主題報道では、ヨルダンの慈済ボランティアが長年にわたって難民に生活物資を提供し、医療ニーズに応えようと奔走している姿を紹介している。アラブでは、文化の壁のギャップを感じるだけでなく、しばしば騒動の危機に直面するが、彼らは依然として奉仕を続け、愛の潤いで以って、憎しみが次の世代に引き継がれないよう願っている。

コロナ禍が続く中、慈済ボランティアは引き続き苦難にある人々を慰撫し、見返りを求めず奉仕を続け、奉仕する縁に恵まれたことに感謝している。時代がどのように変化しても、この情感が慈済の源泉であることに変わりはない。

(慈済月刊六七五期より)

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