現代における大学の社会的責任

編集者の言葉

気候危機に直面しているこの時代、多くの企業や大学が次々と、二〇一五年に国連が掲げた十七項目の持続可能な発展目標(SDGs)を指針に、自身の社会的責任について考えるようになった。

一般的には環境保全が持続可能な発展の重点分野であるが、経済発展と相反している面もある。環境問題は、一九五〇年代から国際的に重視され始めた。というのも、欧米諸国が急速な経済および工業を発展させたため、環境汚染という大きな代償を払っていたからだ。しかしながら、資本主義は既に不可逆的な経済形態となり、先進国は環境問題で合意を得ることができず、発展途上国も環境破壊を繰り返しているとしばしば批判された。その影響を受けて「持続可能な発展」も疑問視されるようになった。資本主義経済を持続的に発展させる場合、それは経済的に弱い国を犠牲にすることにほかならない、と考えられたからである。

環境とは人類が存在する基盤であるが、それを単独で考えることはできない。生計を立てるために、人は最も安くて便利な方法で満足しようとする。それ故、環境は元の姿を長く維持することができなくなる。多くの課題は互いに関連しているのだから、生態系の観点からそれらの関連性を見る必要がある。SDGsの内容をカテゴリー別に検討し、経済と社会、そして環境を合わせてそれらが相互依存していることとその度合いを強めていること、そして、世代間で資源を公平に分配することを強調する必要がある。それが即ちこの思考基盤の下での指導方針なのである。

台湾は高等教育が普及し、徐々に専門化、功利化、商品化へと移行している。過去には政策の要求を受けて、世界大学ランキングや在職教員の学術論文の国際ジャーナル掲載数の累積を強調して、学校の総合評価を上げることを重視していた。それは大学教員の昇進指標でもあったため、多くの大学は教学や社会奉仕に気を配ることができなくなっていた。

教育部は二〇一七年に、「大学の社会的責任実践計画」(USR計画)を始動した。大学の教師や学生が、地元のニーズを察知して、問題解決を手伝うことで社会奉仕に変え、学術成果に貢献すると共に、コミュニティーを教学と研究の場と捉え、学生がコミュニティーから学ぶよう導くものである。

今月号の主題報道では、慈済大学は開校から二十九年間、エネルギーの節約と炭素排出の削減に努めて来たことを伝えている。近年、専門教育に関連知識を取り入れた単位課程を開設すると共に、USR計画の実行によって、教師と学生、地元農家の間のプラットフォームとして「食在永続消費合作社(有機農法による作物を販売する購買部)」を設置した。劉怡均(リウ・イージュン)学長は、専門知識を実生活に結びつけて初めて、学生は持続可能な発展と自分との関係を理解することができると述べた。

学生らを指導しながらコミュニティーに参与していた邱奕儒(チウ・イールー)教諭は、彼らが作付している時に、作物が天地の間で成長する生命の全過程を目にすることで、自分自身と天地のつながりも啓発され、それによって内なる自信と安心感が育まれていることを発見した。

これらから分かるように、現代の大学教育は、学校の外へと広げていくべきであり、持続可能な発展に対する社会的責任を担うべきだということを示している。人と環境資源の密接な相互作用から、ひいては天地万物の生きる道にまで気を配るのが、大学教育の新しい一章だと言える。

(慈済月刊六七六期より)

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