幸いにも私は彼の側にいた!

医師は電話を受け取ると、直ちに救急外来に駆けつけ、救命処置に加わった。思いがけず、そこに横たわっていたのは、自分を養い育んでくれた父親だった。このような苦しみは、誰にも受け入れがたいものである!私は彼の側に行き、上着を脱いで彼に掛けた……。

救急車のサイレンが、夕方の混雑した車の列に響き渡り、一路、台中慈済病院の救急外来へ急行した。

「あなた!私を驚かせないで!私に何か行き届かないところがあったら直すから……だから早く目を覚まして……!」救急外来の重症患者エリアから、心を引き裂くような泣き声が聞こえてきた……。

患者が病院の地下二階にある念仏堂に運ばれた時は、すでに深夜近くだった。その日の夜は寒波が押し寄せた。私はそっと医師の側に行き、上着を脱いで掛けてあげた。

「師姑(年配女性ボランティアの敬称)、私はもう医者を続けたくありません」。「このような苦しみは、誰にも受け入れ難いものです」。私は彼の体を温めるために上着を掛けたが、それと同時に彼の「心」にも寄り添いたかった。

これは一年ほど前の出来事である。その日、夫婦二人は一緒に高齢者向けの活動に参加し、帰りのバスを待っている時に、夫が突然倒れたのだ。救急車で台中慈済病院に搬送されたが、「大動脈解離」と診断された。病院に到着する前にすでに息を引き取っていた。

勤務を終えて帰宅しようとしていた医師は、電話を受け取って、急いで救急外来に駆けつけ、救命処置に加わった。しかし、目の前の病床に横たわっていたのは、思いもよらず自分の父親だったのだ……。

医師の母親は、夫に向かって何度も呼びかけていた。娘は父の体に顔をうずめ、長い間沈黙していた。そして、息子である医師は私に、「師姑、これから何をすればいいのでしょうか?」と尋ねた。

「父は全てを犠牲にして私を育て、勉強するよう励ましてくれました。それなのに、最後の瞬間、私は父の命を救えませんでした。私はもう医者を続けたくありません……」と彼は涙を流しながら言った。

医師でありながら無力であったという、胸をえぐるような痛みを抱えて自責していたその息子を、私はその日から、気にかけるようになった。その後、彼の家庭に新しい命が誕生し、初めて父親になった喜びが、傷ついた家庭に新たな希望をもたらした。「医者を辞めたい」という気持ちは少しずつ変化し始めた。そして、彼は再び職場に戻り、自分にできることを続けるようになった。

病院では、日々様々な生命の物語が繰り広げられている。そこには、悲しみもあれば、喜びや温もりもあり、様々である。医療ボランティアチームが毎日、病院内を行き来して患者や家族を支えている。そして何よりも大事なことだが、病院に「前向きのエネルギー」を生み出し続け、苦しんでいる人を直ちに適切に支え、穏やかにその瞬間を乗り越えられるよう、病院を守っているのだ。

患者や家族が助けを必要とするのは、時間を問わない。私も疲れる時はあるが、いつも気持ちを取り直し、もっと学習して成長できるようになりたい。「幸いにも私はそこにいた!」と思うと、忙しさの後には、いつも喜びを感じる。自分が落ち着いていれば、他人にも安定した力を与えることができるのだ。(二〇二四年八月十七日 医療ボランティア合心幹事座談会より)

(慈済月刊七〇〇期より)

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