一番見え難いのは自分

快適な状況に置かれていると、一番直視したくないあの「私」は見えない。

自分の足りなさを認めるのはとても辛いことである。

正直に自分を見つめることは堪え難いが、不思議なことに、自分を癒やす力がだんだん生まれてくる。

母が病気になった時、私は十三歳になったばかりだったが、人生の長さはどのぐらいか、どうしたら後悔を最小限に抑えることができるか、どのようにすれば意義のある生活ができるのか、と考えた。母の闘病生活と最近出会った難病患者との触れ合いから、法師の言葉を思い出した。「生命の長さは把握できなくても、自分を深めて人間の幅を広げることはできる」。

難病を患った大学生は、本を出版したいという願望を持っていて、慈済チームの協力によって実現できることになった。ボランティアの「安心して!」という眼差しは、まるで彼に「怖がらないで、私たちがいるから。慈済はずっと寄り添うから」と語りかけているようだった。私は彼の純粋な目が、心から感激して輝くのを見た。ボランティアたちの善意と温かさに私まで感動した。

彼の健康は日に日に下り坂になっていたが、彼は積極的に生き、病気という小悪魔と平和に共存していた。彼は率直に体の欠陥に向き合い、あらゆる試練に適応し、自分を陶冶してくれるどんな機会も逃がさなかった。彼は、ずっと自分に温かく寄り添って、全ての難関を突破できるよう支えてくれた人たちに感謝した。

訪問ケアが終わり、花蓮に帰る汽車の中で彼の太陽のような笑顔がたびたび私の脳裏に浮かび、自分が違った道を歩み始めた諸々を振り返った。父と母の人生の終点が私と姉に修行を始めるよう啓発してくれたので、快適な生活に別れを告げ、二〇二〇年に静思精舎に来て、毎日、それまでしたことない多くのことを学び、多くの人と接する生活環境に慣れるよう努力した。

その時から次第に「我」を捨てて団体に溶け込み、欲望が少なくなり、あらゆる取るに足らなかった喜びがその瞬間に輝き出し、それによって一枚一枚と脱皮し、悟りに向かった。

證厳法師は、「私たちの前に現れるあらゆる出来事から、私たちは学び、受け入れ、理解しようとするのです。これらを経験しなければ智慧は成長しないので、耐え忍ばなければなりません」と開示した。私は難病の青年から真実の自分と向き合うことを学び、勇敢に完璧でない自分を受け入れた。自分に対して誠実になった時、直視したくなかった「自分」や一番認めたくなかった欠点、一番堪えられなかった心の鬱が見え始めた。

修行はまるで玉ねぎの皮を剥くように、一枚一枚深く自分を認識していく。一枚剥き終わると、修復し、また一枚剥けば、辛い感覚が飛び出して抵抗する。自分の足りなさを認めることは非常に辛いことである。精舎に戻って修行しに来なければ、私はずっと自分の快適な状況の中にいて、自分が見えないままになっていただろう。

法師の教えと精舎の尼僧たちが、包容力のある環境の中で、次第に自分の核心が見えて来るのを手助けしてくれたことに感謝している。一朝一夕に成長することはなく、段取りを踏んで、仏法で現実の自分を認識すれば、後戻りしないだけでなく、逆に、より大きな勇気を持って前進し続けることができるのだ。二度とたやすくネガティブな感情に妨げられることなく、試練に遭った時は全てに感謝すれば、不思議と自分を癒やしてくれる力が生まれてくるのである。

誠実と感謝は、私があの難病の青年から学んだ貴重な贈り物である。人にはそれぞれ特性があり、模索と挫折の中から生命の価値を探索し、知らない間に無数の「不可能」を経験する。そして、試練を受けた後、希望の光が見え、益々良い方向に向かって歩んでいることに気づく。

著名な作家である張曼娟(チャン・マンジュエン)さんは、「生命とは永遠の堂々巡りに過ぎず、あなたを初めに戻すためにあるのです」と言った。私と姉は既に初めに戻って歩んでおり、歩みながら発心、立願し、日々、より大きな慈悲心を育くんでいる。他人への奉仕と貢献から仏法の真諦を体得することで、自分で立ち上がり、周りの人を感動させて、共に益々良い菩薩道を歩むことを願うようになる。


(慈済月刊六五〇期より)

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