筋力で護る─嘉義慈済クリニック・高齢者スポーツセンター

高齢者スポーツセンターでは、サルコペニアと生活機能喪失予防に取り組んでいる。コーチが筋力を鍛える器具の使い方を指導していた。

嘉義慈済クリニックは医療と運動を結び付けている。

患者は「専用の処方箋」を持って高齢者スポーツセンターを訪れ、生活機能維持と老化を遅らせるため、そして生活の質を向上させて思い通りの暮らしを実現するために、コーチによる一対一の筋力トレーニングを受けている。

近年、台湾ではフィットネスが流行っている。だが嘉義慈済クリニックに設けられた高齢者スポーツセンターは、若者のダイエットや体を鍛えるためのものであるという人々の固定観念を大きく覆した。

ある八十歳のお婆さんは骨粗鬆症になっていたが、高齢者スポーツセンターで筋力トレーニングを受けてから検査したところ、筋肉の増加だけでなく、脂肪の減少も同時に見られた。八十二歳の元医師は、初めて筋力トレーニングに出会ったが、今ではバーベルスクワットやフリーウエイト・トレーニングができるようになった。「筋力トレーニングで引退後の生活の質が向上しました。もっと早く始めていれば良かったと思います」と言った。

大林慈済病院は嘉義慈済クリニックと共同で、二〇二二年の四月に高齢者スポーツセンターを開設した。医療と運動を結び付け、クリニックの患者を対象に、コーチによる一対一の筋力トレーニング・コースを提供している。

台湾では、二〇二五年までに六十五歳以上の人口が二割を超え、「超高齢社会」を迎えると予想されている。高齢者スポーツセンター主任である周宜群(ヅォウ・イーチュン)医師によると、加齢がもたらす健康問題は、サルコペニアになるだけではなく、老化によって筋肉量が減るだけでもない。筋肉、骨、神経系統の三つの方向から同時に衰えるのである。一旦衰え始めると、生活機能が失われ始め、生活の質にも影響が出て来る。

ウオーキング、ジョギング、サイクリングなど長時間の有酸素運動で筋力はアップするが、その効果は限られている。「筋力アップは重量による刺激が必要です」と周医師は言う。筋力トレーニングは筋肉、骨格、神経系統に存分に刺激を与えるため、筋力アップの効果が出て来る。高齢者スポーツセンター最大の目標は、筋力トレーニングによって生活機能喪失を予防し、それぞれの疾患に合った運動を処方することで、人々が生活の質を取り戻すことにある。

林秀月さんはポリオを患い、右足の筋肉が萎縮しており、立っていることも難しく、転倒しやすい。彼女は高齢者スポーツセンターに来て、筋力トレーニングを受け(写真1)、安定して立てるよう鍛えた。今では、リサイクル物を簡単にトラックに投げ入れられるまでになった。(写真2)

手足は鍛えるほど強くなる

「人は自分の体を労わるべきで、注射や薬、または健康食品に依存するのではなく、正しい食生活とトレーニング習慣を身に付けなければなりません」と周医師は言う。今年四十歳の彼は、大林慈済医院の消化器内科の医師で、肝臓がん専門医である。子供の頃から体重が平均以上で、喘息、アレルギーなどを患い、薬漬けだった。中学から高校の頃に運動を始め、ランニング、バスケットボールをした。病院の当直医師になった時、それまで以上に体型を維持したくて、ネットを検索して独学でウエイトトレーニングを学んだ。

五年前からはジムに通い始め、プロのトレーナーについてトレーニングをしたことで、体型が変わったが、その時にネットの情報が実は正確ではないことに気付いた。痛風を患った時、ウエイトトレーニングによる体へのメリットについて研究を始め、同時に「全米エクササイズ委員会パーソナルトレーナー(ACEーCPT)」の資格も取得した。「今が最高の体調です」。

筋力トレーニングは、高齢者の姿勢とバランス能力を改善することができる。バランス能力は、高齢者に片足で立たせる練習では得られない、と周医師は言う。筋力トレーニングは、それ自体がバランス能力を鍛える仕組みになっており、その過程で高齢者は体のあらゆる筋肉を使い、お腹周りの深層筋である体幹筋肉群を使うことで、全身の重心を安定させることができるのである。
一部の高齢者は凹凸のある床や地面で転倒しやすくなるが、試されるのは瞬時に発揮できる筋力だ。「筋力トレーニングによって十分な筋力と反射神経を鍛え、直ちに重心を取り戻し、転倒しないようにするのです」。

六十八歳の林秀月(リン・シュウユエ)さんは、周医師の提案で、高齢者スポーツセンターで筋力トレーニングを受けた。彼女の右足はポリオで筋肉が萎縮し、右膝は退化して、人工関節に置換えできない状態にまでなっていた。長時間座ることが難しく、立ち上がる時も直ぐに立てず、気をつけないとすぐ転んでしまう。リサイクル活動をして三十年になる彼女は、ある時、バイクに回収資源を満載していたが、右足に力が入らないため、よろめいて車ごと転んでしまったことがある。

コーチは林さんの右足の訓練で、例えば、右側の筋肉の萎縮による骨盤の高低差から怪我するのを避けるため、右のお尻を高めにして椅子に座らせている。そして、右足を真っ直ぐに伸ばし、ストレッチチューブを踵にかけて、コーチが手を伸ばした所まで十回蹴り上げる練習も続けてさせている。彼女は以前、注射と飲み薬に依存してきたが、まだ右足に力が入るとは思っていなかった。今では明らかに手足に力が入っていることを感じるようになった。「今の自分を褒めてあげたい。トラックで資源を回収する時も、回収資源の袋を投げ入るのが楽にできるようになり、歳をとって益々盛んになることが理解できました。もっとリサイクル活動ができるように、これからもトレーニングを続けていきます」。

周宜群医師も筋力トレーニングの受益者で、医療専門分野の他、運動を取り入れることで、人々の生活の質を向上させている。

自分の力で立ち上がる

雲林と嘉義地域には高齢者が多く、嘉義慈済クリニックが行う医療の重要な対象の一つになっている。治療よりも予防に重きを置き、一般住民も「運動介入外来」を受診して相談することができる。「患者さんがクリニックに来られて、ニーズがあれば、皆トレーニングすることができます。実際、誰でもニーズはあるはずだと思います」と周医師が言った。

問診の後で患者さんの状況に合わせる場合、例えば、慢性病や人工関節に置き替えている患者さんには、コーチと相談して「専用の処方箋」を作成する。コーチも毎回の各クラスの状況に合わせてコースをアレンジしてくれる。周医師の説明では、人工股関節や人工膝関節に替えた患者さんの中には、手術後は十分な保護が必要で、体重による刺激があってはならず、関節周りの筋肉が大きく強くなって初めて、保護力が生まれるのだそうだ。「私はコーチに下半身を重点にトレーニングしてもらっています。例えば、スクワットの動作でも、角度の制限を設けず、フルスクワットやハーフスクワットに近い動作を求め、そこから少しずつ深く屈めていくようにしています」。

筋力トレーニングが合わない場合、例えば、近頃胸の痛みや胸の圧迫感、気を失うなどの症状があれば、先ず心臓の検査を勧める。少し歩くと息切れするようであれば、心不全の可能性に留意すべきで、足首の浮腫は、潜在的な腎臓または肝臓疾患の可能性がある。

六十五歳の戴一芳(ダイ・イーフォン)さんは、十数年前のある朝、右肩が突然こわばり、だるさと痛み、しびれを感じ、服のボタンを止めることも出来なかったが、その時は気にかけなかった。後に交通事故に遭い、骨粗鬆症が悪化し、症状が最も重かった時は、両足に力が入らなく、五、六分間歩いただけでも息切れがして、座ると座骨に針が刺すような痛みを感じ、体重も四十キロから三十キロに激減した。半年前、娘の勧めで、高齢者スポーツセンターに通い始めた。

「先ず椅子に座ってから立ち上がり、ゆっくり椅子の高さまで屈みます。太ももの力で体を支えます…」センターのコーチ・王皓譽(ワン・ハオユー)さんによると、戴さんの体は骨による支えが不十分なので、負荷をかけすぎないようにしている。そして、脊椎を左右にひねったり、前後に曲げたりする時は、「先ず筋肉を使っている感覚を掴み、筋肉で体を制御していることを理解してもらうことです」と言う。

クリニックではサルコペニアや腰痛の患者によく出会うが、九割近くは運動の習慣がなく、多くの患者には退化の傾向があり、歩行や日常の行動で以前よりも困難になっていると感じている、と王さんが言った。また、手術を終えた患者の中には医師に勧められて、トレーニングを受けることで筋力を鍛えている人もいる。コーチは患者の体調に合わせたコースを設計し、未経験者でも心配はない。「基礎から徐々にトレーニングしていきす」。

戴さんは、車椅子や杖をついて来ている人を見ると、自分はまだ歩けるから嬉しい。トレーニングする前はいつも自分を励ましている。「今は足に力があるので、一、二時間歩き続けられますし、立ちあがる時も手で支える必要がなくなりました。トレーニングを続けます。いつか山登りに行きたいからです」。

蕭愷翔(右)さんは交通事故で胸椎から下の機能を失い、病院で長期間リハビリをしているが、高齢者スポーツセンターでも王皓譽コーチ(左)の協力で、上半身を鍛えている。

九歳から九十九歳まで

今年二十八歳の蕭愷翔(ショウ・カイシャン)さんは八年前に交通事故で、胸椎高位を骨折し、胸椎から下の機能を完全に失って、移動は車椅子に頼らざるを得なくなった。長年病院でリハビリを続け、家でもダンベル、バーベルなどの挙上運動をしている。上肢の運動が更に強化できると思い、お母さんは彼を高齢者スポーツセンターに連れてきた。

「横になって、胸を張り、体幹に力を入れて、両手にダンベルを持って真っ直ぐ伸ばし、ダンベルを四十五度の角度まで下げます…」。上半身は蕭さんが唯一動かせる部分であり、王さんは特に彼の胸、背中、腕を鍛えることで、体が安定することを目指した。

王さんによれば、スポーツトレーナーは理学療法士とは異なり、主に怪我予防の観点から始め、患者に正しい運動姿勢と観念を持ってもらい、けがの治療そのものや医療行為をすることはできない。理学療法士は、けがしてからのリハビリと治療に重点を置いている。それ故、急なけがや痛みがある場合は、先ず医師が診断してから、治療することを勧めている。

蕭さんの話では、トレーニングの時のコーチは説明がとても細かく丁寧で、しかも注意深く自分を守ってくれるそうだ。病院でのリハビリは、体の機能を退化させず維持できるが、筋力トレーニングをすれば更に進歩する。「交通事故で神経が傷ついて、以前は背中の筋肉に感覚がなかったのですが、今は背中の筋肉に力が入るのを感じます。また、以前は背もたれのある椅子が必要でしたが、今ではそれがなくても座れます」と言った。

「患者さんが、大分良くなりました、と言ってくれると、とても嬉しいです」。以前、一般のスポーツジムに勤めていた時は、体力があって、精力に溢れた若い人が多かったが、それに比べ、今は、高齢者、障碍者、病気の人など複雑な状況で、大変な任務だが、達成感を感じる。「彼らは辛い状態でここにやって来るので、楽な気持ちになって、気ままに楽しく、このスポーツセンターから出て行って欲しいのです」。

王さんによると、ある四十代の患者は小人症と早期発症型パーキンソン病を患っていたが、トレーニングを始めてから、精神状態が改善したと言う。その人は、誰かが付き添って運動したり、おしゃべりできるので、クラスに来る時間が一番楽しい、と言う。「患者からのフィードバックが、私に前進させる力を与えてくれます」と王さんは言った。

今の若者は電子機器が手放せず、屋外活動をしたがらない。まだ高齢者のようなサルコペニアではないが、「筋力低下」の傾向があるため、適度な筋力トレーニングを始めた方が良いと周医師は言う。「私のビジョンは、九歳から九十九歳までの人が、筋力トレーニングをすることです」。

筋力トレーニングをする考えは、あらゆる年齢層に広めるべきで、特に高齢者は自立した行動が維持でき、生活機能を失う時期を遅らせることができる、と周医師が言った。

「人生はただ生きているだけで良いのではなく、自分なりの生活の質と生き方を望むなら、筋力トレーニングが最も良い答えです」。「筋力トレーニングはゆっくりと改善できるので、少なくとも半年以上の時間をかけて、コーチの教える通りにやっていけば、きっと効果が見えるはずです」と彼は少し厳しく厳粛に呼びかけている。

(慈済月刊六七六期より)

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