真剣に因縁を受け止める

福を作る因と人助けができる縁を大切にすれば、
平穏という幸福がもたらされます。

菩薩の情と縁を引き継ぐ

能登のボランティア南里美さんと吉田忍さんは、日本支部のボランティア・謝景貴(シエ・ジングイ)師兄と大愛テレビ局の楊景卉(ヤン・ジンフイ)さん、鄧志銘(ドン・ジーミン)さんらが同行して、上人にお会いになりました。南さんは穴水総合病院の看護師で、慈済ボランティアが病院で炊き出しをしていた時、ボランティアたちが災害支援期間の滞在先を探していたことを知って、提供を申し出、情熱を持って何度もやって来たボランティアと大愛テレビのスタッフたちを歓迎してくれました。吉田さんは、穴水町で親族の高齢者の代わりに見舞金を受け取りに来た時に、慈済と縁を結びました。その後、見舞金配付活動で人手が必要だと聞いて、能登町での配付から参加し始めました。九月に能登半島が豪雨被害を受けた時も、彼女は慈済ボランティアと一緒に田畑の整理や稲刈りに、既に九回も参加し、ボランティアとして奉仕して来られました。

上人はこう言いました。「台湾も強い地震による大災害を経験したことがあり、被災した後の心情や困難さをよく理解しています。日本と台湾は距離的にもあまり遠くはなく、日本にも慈済ボランティアがいます。もし必要が生じた時は、直ちに支援に向かうことができます。能登半島で元日に大きな地震が発生してから、既に十カ月が経ちました。慈済の支援とケアは八カ月余り続き、被災者の不便な生活をよく理解しているため、今後、中長期的な支援に力を入れて行きたいと思っています」。

「慈済人は『人傷つけば我痛み、人苦しめば我悲しむ』という菩薩精神を携えて世に奉仕しています。在住する国や地域に災害が発生すれば、自発的に支援に向かいます。これが慈済の使命なのです。慈済は大きな因縁で結ばれているため、これほど多くの人が心を一つにして、人間(じんかん)で苦しんでいる人々を助けていけるのです。もしこの因縁がなければ、あなたも私も出会うことはなく、このように同じ心で同じ願いを持つという縁を結ぶこともできなかったはずです。皆で縁を大切にして、精一杯奉仕しましょう」。

「これほど大きな災害が発生した後は、この縁で奉仕できることに感謝しなければなりません。自分が平穏だから、他の人を助ける余力があるのです。これが私たちの幸福です。幸福は行動することでもたらされるのであって、幸福な人生を当たり前だと思って享受していてはいけません。私たちが過去に善行して福を作り、その福に縁があったからこそ、今ここで再び善行をして人助けする因縁に恵まれ、志を同じくした人たちと力を結集して奉仕できるのです。人が多く集まれば力も大きくなり、多ければ多いほど、より大きな力が得られ、より広い範囲で任務を果たし、より多くの支援を必要としている人を助けることができるのです」。

「この世には苦難が多く、もし慈済に縁があれば、奉仕できるのですが、人がいないと力も得られないので、現地に誰かがいることで、慈済は縁を得て助けに行くことができるのです。日本には慈済人は多くなく、現地でも慈済のことを知る人はほとんど無く、慈済が何をして来たのかも知られていません。支援しようと思った時に人手が足りなければ、台湾の本部に支援を求めればいいのです。台湾の慈済人は大々的に力を貸し、直ちに支援を必要としている人を助けて、悉く円満に成し遂げるでしょう。現地の人が慈済を見て、感動の余り、投入するようになるのです」。

上人は日本の慈済人に、力を借りて奉仕し、お互いによく交流するようにと励ましました。

「今回の災害は能登半島で発生しましたが、東京や大阪から被災地まで距離がある上、現地には慈済人も多くなかったので、苦労して遠くまで出かけなくてはなりませんでした。今、この二人が、能登半島にいてくれています。そして、ほかにも少なからず、縁を結んだ善意ある人たちに呼びかけて投入してもらうのです。途切れることなく交流を続けてください。現地で何かあれば、私たちは直ちに奉仕できます。さもなければ、苦しんでいる人が苦しみ続けていることを私たちは知ることができず、支援したくてもできないのです」。

「ですから、活動を行って、交流することが大切なのです。何かをするには力が必要ですが、震災後のこの八カ月間の交流から力を結集するのです。東京でも大阪でも、限りあるマンパワーを検討するのです。絶えず現地に関心を寄せられる人数、そして一歩踏み込んで復興を手伝う方法、慈済が支援できる方法などです。私たちが支援に行った後、情熱を持った人たちに、慈済のシードになってもらうのです。しかし、シードは、細心の注意を払って養成しなければならず、慈済の志業に多く参加できるチャンスを与えることです。さもなければ、慈済に現地まで行く縁があっても、縁が結ばれず、情の繋がりがなければ、時が移って状況が変わってしまうと、縁は切れてしまいます。もし、現地にシードが根付けば、菩薩の情と縁は末長く続き、現地の人にとっても幸福なのです」。

(慈済月刊六九七期より)

9月の豪雨は、輪島など地震被災地にとって大きな痛手となった。ボランティアは能登町で田畑の整理を手伝った。(写真の提供・慈済日本支部)

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