善念が受け継がれ復興に手が届く

編集者の言葉

花蓮県馬太鞍(ファタアン)渓に形成されていたせき止め湖の溢流から三日目の九月二十五日、友人が私に、SNSのグループで送られてきたという連絡を転送してくれた。その中の写真には、紺色のシャツに白いズボンのユニフォーム姿で白髪まじりのボランティアの姿があり、被災者の家の中の泥をシャベルでかき出そうと、奮闘していた。しかし、悲しいかな、泥は乾いて固くなっており、何回シャベルを突き下ろしても徒労に終わった。三百件以上のコメントをスクロールしていると、皮肉っているものや心が痛むといったコメントもあったが、救援活動を加速するために被災地に行って支援したいとか、道具を寄付したいと表明する人も現れ始めた。

月刊誌『慈済』執筆者の葉子豪(イェ・ヅーハオ)さんは、まず九月末にボランティアとして清掃活動に参加し、さらに十月初旬に被災地に戻って取材を行った。その時、慈済ボランティアの数倍の人数の人々が自主的に参加していて、その大多数が若者だったことが分かった。

多くの若者が、SNSを通じて自分たちの体験をリアルタイムでこう共有していた。「一緒にシャベルで泥を掬っていた白髪のボランティアたちは、若いパートナーに食事の世話をしたり、適時に休むよう促したりしていました」。「淤泥(おでい)は厄介でしたが、やっとのことで、床が見えました」。住民もボランティアも特に感じるものがあった。

ソーシャルメディアの影響力により、「人助けを喜びとする」という話題が瞬く間に広がり、善念が同時に共感を呼び、実際の行動に変わった。メディアは、自発的に被災世帯の住宅を清掃した大勢のボランティアを「シャベル・スーパーヒーロー」と称賛した。それは、「スーパーマンになるにはマントは必要なく、奉仕する気持ちさえあれば、誰でもヒーローになれる」という意味である。

災害が発生すると、お金がある人はお金を出し、力がある人は力を出し、誰もが自分の能力に応じて貢献するようになった。IT産業界や飲食業界、重機チーム、水道・電気関係、指圧マッサージ、文具業界、清掃・消毒業者など、あらゆる分野の人々が専門知識を活かして支援に駆けつけた。さまざまなスーパーヒーローたちが手を差し伸べ、被災地全体が深い泥に浸かった絶望感から徐々に抜け出し、週を追うごとに復旧の兆しを見せていく。これらの様子を捉えた写真は、月刊誌『慈済』の撮影記者、蕭耀華さんが一枚一枚撮影したものである。

月刊誌『慈済』記者の周伝斌(ヅォウ・ツウァンビン)さんの今夏の取材は、ほぼ全てが台風被災地で行われた。彼は台風4号(ダナス)から台風18号(ラガサ)まで、炊き出しや清掃、施療、祝福の贈り物と慰問金の贈呈、家屋の修繕、再利用できるようにしたパソコンの提供などの活動を記録したが、それらは慈済の援助の標準作業手順書とも言える内容だった。

台湾は台風や地震など災害の多い地域に位置しているが、今回のせき止め湖の溢流による災害は非常に稀である。周さんは、災害直後に見聞きした事を臨場感のある、繊細な筆致で描写した。しかし、懸命な救助活動の裏には、実は一抹の感傷も潜んでいた。

ボランティアたちが光復郷に結集して、被災者に慰問金を手渡していた頃、慈済が〇四〇三花蓮地震の後に建設していた五階建ての「大愛の家」が完成に近づき、家具の設置段階に入っていた。慈善活動は災害後のニーズに応じて異なるが、共通する目標はただ一つ、人々の安身(落ち着ける場所)、安心(心の安らぎ)、それに安生(安定した生活)を確保することである。

(慈済月刊七〇八期より)

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