心配を敬虔な心に変える

変動する環境の中で自分の心を落ち着かせ、
無常の人間(じんかん)で力を尽くす。

光復郷での支援に感謝

九月二十七日、慈善志業の劉効成(リュウ・シァオツン)副執行長が上人に、光復郷での清掃と慰問活動の動員状況を報告しました。瑞穂静思堂と慈済キッチンカーが炊き出しを続けたことの他、自発的にキッチンカーを出して、光復郷で食事を提供した商店があったことを述べました。上人は、「これらの商店は皆、『愛心商店』です。キッチンカーであれ、店舗であれ、人々が愛を発揮しに来ているからには、慈済も彼らに感謝の意を表さなければなりません」と言いました。「世に災害が起きた時、私たちはそれを自分の責任と見なすべきです。清掃に参加してくれた人も、食事を提供しに来た愛心商店も、駆けつけた人たちは皆、私たちの支援に来てくれたと考えるべきです。」

劉副執行長は、「大衆がボランティアとして参加してくれた他、企業がスポーツドリンクや清掃用具を、製薬会社が医薬品を寄付してくれましたので、その全てに対して、感謝状を贈りました」と言いました。上人は、「一連の表を作成して参加した個人と組織、団体をしっかりと記録し、縁結びの品や感謝状を贈るか、または今後、各地区のボランティアが感謝の意を伝えなければなりません。慈済は花蓮では『地主チーム』であり、そうした気持ちで各方面の人々に接する必要があります」と開示しました。

「私たちは花蓮で、人々の便宜に対応する必要があります。また、企業の中には、従業員が自主的に休暇を取ってボランティアに来ていた所もあるのですから、私たちは彼らの経営者に感謝を伝えなければなりません」。参加した人々に対して、上人は、今回の奉仕の価値を記念して感じてもらうために、携帯しやすい縁結びの品をデザインすることを提案しました。歌や文字で感謝を表すことで、彼らに印象を深めてもらえれば、一生の記念となるでしょう。

志業体職員が直ちに奉仕

「静思法脈を継承し、慈済宗門を広める」と題した志業体の精進勉強会が開催され、職員たちは九月二十八日に精舎に戻り、二十七日に行なった光復郷の被災地での清掃活動に関する感想を、上人と共有しました。

上人はこう開示しました。「人は皆幸福な人生を望みますが、この世の人生には生老病死の苦しみがあります。そして、人生は無常であり、赤ちゃんから子供、青年、中年、老年、死に至るまで、体は常に変化しています。世の有形のものも成住壊空(じょうじゅうえくう)という無常の変化の中にあり、人の心も生住異滅(しょうじゅういめつ)という姿の変化に従うのです。生理的、物理的、心理的にすべてが無常の中で変化していますが、どんな境遇に直面しても、先ず自分の心を安住させることが必要なのです」。

「世の四大不調も、病的なほどになっています。今回のせき止め湖からの水による災害も、地球が病んだ故の気候の不順によるものです。人は誰でも地球に依存して生きているのですから、心して地球の生態に配慮する必要があります。重大な公共事業は政府の力に頼る必要はありますが、大衆も自分の力を使って地球環境を守ることはできます。あなたたちが被災地に行って清掃を行うのも、その一環です」。

「皆さんが今回、花蓮に戻ってきて精進していることに感謝します。法脈と宗門の精神を起点にしてどのように投入したのかを話してくれました。ですが、このようにせき止め湖の溢流・決壊のニュースに遭遇したことは、学びを得る機会だったとも言えます。皆さんは花蓮に集まり、臨機応変に対応し、志を同じくしていました。呼びかけただけで多くの人が応じ、光復郷に向かってくれました」。

「昨日、大愛テレビで見ましたが、四大志業の管理職及び職員たちが奉仕しているだけでなく、隊列はとても整然としており、台湾全土の慈済人に加えて、多くの社会各方面の人や大衆も参加してくれていました。長年の慈善活動のおかげで、慈済人には暗黙の了解があり、秩序のある行動が取れました。政府が慈済を信頼し、ボランティアに来てくれた人の登録と指導を委託してくれたことに感謝します。本当に責任は重く、大きなプレッシャーを感じましたが、幸いにもスムーズに作業を進めることができました。何をすればよいかを人々に教えようとして、慈済人が身を以て模範を示したことは、良能を発揮したと言えるでしょう。先ほど被災地とのオンライン映像を見ましたが、清掃した後の道は、とてもきれいでした。これは昨日皆さんが努力した成果です。もちろん、まだ広い範囲で清掃を必要としています」。

「この災害が過ぎた後、皆さんは一層警戒心を高め、自分を戒めて敬虔になり、菜食を推進しなければなりません。さもなければ、衆生の業力はあまりにも重く、これから何が起きるか分かりません。災害を防ぐことはできませんから、非常に心配ではありますが、心配する気持ちを敬虔な心に変え、菜食をして斎戒し、同時に、立願するのです。ここ二、三年の間、私はずっとこのことを話してきました」。

上人の言葉は続きます。

「衆生の業力は欲望から来たものであり、欲望を満たすために追い求め、争った結果ですが、欲望は尽きることがなく、口の欲求のために大量に動物を飼育し、屠殺しています。人口が増え続け、殺業(せつごう)がますます重くなって衆生の共業(ごうぐう)となり、地球上の災害を引き起こしているのです。従って、一方でできるだけ口の欲を抑え、もう一方で、人々は敬虔にならなければなりません。発心立願して虔誠に祈るのです。その敬虔な心の声は、天に届くでしょう。職員の皆さんには、各地の職場に戻ったならば、今回の光復郷でのボランティア体験による見聞と感想を、どうぞ多くの人と共有してください。

(慈済月刊七〇八期より)

光復郷の被災地清掃に来た多くの青年ボランティアに、常住師父は、縁結びの品として、しおりやストラップなどを贈呈した。(9月27日)

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