日々を美しく 慈済のネットゼロ生活

森の樹木は自然界における炭素循環の重要な一環である。二酸化炭素の排出量が森林や海洋の吸収可能量を超えて、大気中に残存すると、その影響は千年以上続くことになる。

統計開始以来、世界は最も暑い時期を経験している。
「ネットゼロ」はもはや特定領域の専門用語ではない。
各国は二○五○年までに温室効果ガスの排出量の実質ゼロを達成し、世界の気温上昇を一・五度以内に抑える努力をすることで合意した。
将来、安心して暮らせるかどうかは、私たちの次の行動一つ一つにかかっている。

ある台湾の森林レクリエーションエリアで、よちよち歩きの幼子を連れた若い夫妻が木陰の林道を歩いて自然を楽しんでいた。両側にそびえる巨木を見て、その子は好奇心と多少の不安が入り交じった表情で、父親の人差し指をギュッと握り、つぶらな瞳で辺りをキョロキョロと眺めていた。おぼつかない足取りは微笑ましく、親子の背中から溢れる幸福そうな姿を見ていると、「なんて平和なのだろう」と感嘆せずにはいられなかった。

しかし、世界は本当に平和なのだろうか。二○○○年以降、台湾は三年に一度の割合で猛烈な台風と豪雨による災害に見舞われている。降水量の変動も大きく、夏の猛暑と冬の冷え込みも益々顕著になっている。

世界の年平均気温は何度も過去最高を更新している。国連の世界気象機関が二○二二年五月に発表したレポートによると、過去七年間は統計開始以来、最も暑い期間だった。気候変動に関する主な指標――温室効果ガス濃度、海面上昇、海水温と海水酸性化も二○二一年に過去最高を記録した。

極地の氷がとけて海面が上昇し、高温と乾燥により山火事が発生している。二、三十年後、今一歳か二歳の子供が大人になる頃、両親とまたこの場所を訪れたなら、彼らの目にはどんな風景が映るのだろうか。

今すぐ行動しなければ、取り返しがつかなくなる

自然災害が頻発しているのは、人類の活動によって排出される温室効果ガスが地球の許容量を超えてしまったからだ。この気候危機に対し、二○二一年十一月にイギリスで開催された国連気候変動枠組条約第二十六回締約国会議(ⅭOP26)では、グラスゴー気候合意が採択された。

参加各国は、気候変動の影響を適応可能な範囲内に抑えるために、二○一五年のパリ協定の内容を着実に実施し、世界の気温上昇を一・五度以内に抑える努力をすることを確約した。締約国が合意した多くの重要な項目のうち、最も有名で、且つその影響が最も広範囲に及ぶのは、ほかでもなく「2050ネットゼロ」である。

地球を大規模修理が必要なほど壊れた船だとすると、これは火を消すとか穴を塞ぐといった最も緊急の措置と言える。万物を乗せた地球という星の沈没を止めなければ、人類の未来はない。

人類が活動すれば二酸化炭素やメタン等の温室効果ガスが排出される。「ネットゼロ」とは、温室効果ガスの排出量と人類による除去量及び自然吸収量のバランスを取ること、つまり温室効果ガスの正味排出量をゼロにすることである。しかし、現在、世界では毎年二酸化炭素だけでも三百億トン以上が排出されており、ネットゼロの実践は非常に困難な挑戦になる。しかし、現状のままなら、今世紀末には世界の気温上昇は約三・二度にも達すると見られている。「今行動しなければ永遠に取り返しがつかないことになる」と国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)のジム・スキー共同議長は強く呼びかけている。

最優先の課題は、石炭、石油、天然ガスといった化石燃料への依存を減らすことだ。また、経済モデルも「循環型経済」に転換しなければならない。政府から産業界、個人に至るまで各レベルで廃棄物と温室効果ガスの排出量を減らしてはじめて、経済発展と持続的な環境を両立することができるのだ。

今の世界は化石エネルギーへの依存からなかなか脱却できないでいるが、一方で多くの国の政府や国際組織、NGO団体が既に影響力のある行動を展開しており、世界百三十カ国が二○五○年、あるいはより早期にネットゼロを実現すると表明している。

たとえば、EU各国は今年三月に炭素国境調整措置(CBAM)に合意し、二○二六年から「国境炭素税」を導入するとした。簡単に説明すると、EUに製品を輸出する際、もしもその製品が生産、販売の過程で二酸化炭素を大量に排出しているとしたら、大金を払って炭素税に応じたCBAM証書を購入しなければ輸出できなくなるのだ。これは関税引き上げに等しく、温室効果ガスを大量に排出する製品は、今後EUにおいて競争力を失うということである。

輸入側からだけでなく、世界有数のメガバンクや何社かのファンドも、環境を大きく汚染、破壊する企業から資金を引き揚げ始めている。台湾においては、財政部金融監督管理委員会が今年三月に「上場企業の持続可能な発展ロードマップ」を発表し、全ての上場企業に対し、二○二七年までに温室効果ガスインベントリ(年間排出量・吸収量目録)の作成を完了し、さらに二○二九年までに温室効果ガスインベントリの実証調査を達成するよう求めている。

ここ数年、台湾各地で集中豪雨が頻発している。2018年8月には熱帯低気圧による豪雨で嘉義県沿岸部の低地が冠水し、慈済ボランティアも水の中を歩いて現地調査を行った。

必修科目になった排出削減

国際間のネットゼロの要求は、これまで「選択科目」と見なされてきた環境保護問題を回避不可能かつ厳格に評価される「必修科目」にした。特に台湾経済は輸出に大きく依存している。台湾の製造業は環境保護、排出削減で世界基準に合わせていかなければ、今後は融資や経営、販売の面で行き詰まり、ひいては雇用も打撃を受けることだろう。

「二酸化炭素削減政策は、実は経済活動の変革なのです。一つのイノベーションとも言えますし、リスクとも言えます。あるいは低炭素社会への転換、環境ビジネスのチャンスとも言えるでしょう。どう定義するかはあなた次第です」。温室効果ガスインベントリサービスを手がける会計士の曽于哲(ツン・ユーツァ)さんはこう話す。

「その影響は甚大です。変化はあらゆる側面に及ぶでしょう。生活様式までとなると、並々ならぬストレスがあるはずです」。製造業だけでなく、国際海運・空運を担う運輸業もネットゼロの試練に直面している。

「何とかして航空機を軽量化し、エンジン効率や積載効率を上げなければなりません」。航空会社で機材管理を担当する慈済ボランティアの葉灯憲(イェ・ドンシェン)さんは、会社のサステナビリティ報告書を開いた。中には省エネ・排出削減の措置が列挙されている。大きなものには航空機の交換がある。燃費の悪い旧型機を燃費のよい新型機に入れ替えるのだ。小さなものだと、分厚い紙のマニュアルや書類に代わる、手軽な「電子フライトバッグ」がある。一つ一つの改善を詳細に記録する必要があり、とりわけ五年来の燃費向上実績は厳格なチェックに耐えうるものでなければならない。

「今後、全ての欧州便はEUの環境基準を満たさなければならなくなります」と葉さんは話している。

台湾の電力源や工業生産は化石燃料に大きく依存しており、商業や住まい、暮らしに関するエネルギー消費を加えると、1人当たりのCO2排出量は世界平均の倍以上になる。(撮影・蕭耀華)

実務面から見ると、国際社会のネットゼロ要求はもはや企業、国、社会の生存や発展と切り離せなくなっている。ところが、台湾の電力源の八割以上は化石燃料を燃やす火力発電でまかなわれており、一年に排出される温室効果ガスの総量は一億七千万トンを超えている。太陽光や風力発電、揚水発電といった再生可能エネルギーの比率は七%に満たない。

そのため、大半の企業は二酸化炭素を大量に排出する従来型の電力を使用せざるを得ず、「グリーン電力」に切り替えて世界のネットゼロの要求を満たすのは非常に困難だ。このことは、台湾の各産業を国際競争においてきわめて不利な状況に追いやっている。

世界の潮流に追いつき、必要な転換を推し進めるべく、行政院国家発展委員会は今年三月に「台湾2050ネットゼロ・エミッションへの青写真」を正式に発表した。この中では、「技術開発」と「気候法制」を基礎に、風力・太陽光発電、省エネ、資源の循環利用による廃棄ゼロ及び脱炭素生活など十二項目を推進することにより、エネルギー、産業、生活、社会の四つの転換を達成し、二○五○年までに台湾を「ネットゼロ」のグリーン経済体にするとしている。

台南の海辺で海岸の清掃を行う慈済リサイクルボランティアの黄菊子さん。手元の飼料袋はたちまち海洋ゴミでいっぱいになった。地球環境の破壊に対し、ボランティアは率先して取り組んでいる。廃棄物を源から減らすのが根本的対策だ。

低炭素の日常は、他人事ではない

企業の社会的責任を果たすため、あるいは企業が生き残るために、今、多くの企業家や経営者が環境保全関連の知識を学んでいる。また、コンサルタント会社に組織内の温室効果ガスインベントリ(年間排出量・吸収量目録)作成を依頼し、対応プランを練るとともに、サプライヤーやODM企業にも目標達成への協力を求めている。

製造業や輸送業に対する厳しい要求と比べ、非営利の慈善団体や病院、学校は今のところ国際社会からネットゼロを強制されてはいない。しかし、台湾を代表するNGOである慈済は、地球環境を保護し、社会的責任を果たしたいとの思いから、ネットゼロを目指すことを宣言した。慈済の環境保護の取り組みは、一九九○年代に證厳法師が「拍手する両手で環境保護を」と呼びかけて以来三十年にわたって地道に続けられてきたが、これからはより細かく、より確実に行わなければならない。

慈済の病院や学校の建物にはいずれも日光の照射の抑制、通風の改善、雨水回収システムといったグリーン建築の設計手法が取り入れられている。また、慈済人は環境教育の研修も受けている。自分で省エネや環境保護を実行するだけでなく、「自分が語ることを実行し、自分が実行することを語る」というように、市民に対する環境教育も進めてきた。政府が「二○五○ネットゼロ」を打ち出す以前から、慈済はその基礎となる環境保護の仕事を数多く行ってきたと言える。

校舎の設計の工夫でエアコン使用を抑制した台南慈済中学。教室の窓を開け、涼しい自然の風の中で昼寝をする生徒たち。

三十余年にわたる地道な環境保護活動や環境教育の推進といった努力は、国や国際社会からも評価されている。例えば、慈済大林病院や慈済科技大学は二○一三年の第一回「国家環境教育賞」優秀賞を揃って受賞した。また、慈済基金会と慈済大学附属中学、慈済の環境教育講師の陳哲霖(チェン・ツァリン)さんも、今年同賞を受賞した。

二○二一年、慈済は社会的投資収益率(SROI)を公表した後、二○五○年にネットゼロを達成すると宣言した。ネットゼロ実施手順は、まずインベントリ、そして分析、減量と続き、最後にカーボンネガティブで相殺する。慈済慈善事業基金会の顔博文(イェン・ボーウェン)執行長は、「インベントリのデータが出たら、我々は目標を決めて努力する。そして、二○三○、二○四○、二○五○と段階的な中期目標を設定する」と約束した。

「政府も企業もそれを構成するのは個人です」と、陳講師は語る。慈済ボランティアでもある彼は、ネットゼロ関連の業務を面倒くさい仕事だと思わないでほしい、将来に目を向ければやるべき理由がわかると、人々に呼びかける。

「実際ネットゼロで救われるのは地球でしょうか、人類でしょうか。本当に持続させたいのは人類の方でしょう。子や孫のためだと思えばやる気が出るはずです」。

コロナ前、台北メトロの車内から観音山を眺める子どもたち。発展した交通や快適な生活は、人間が地球と調和を保っていけるかどうかにかかっている。ネットゼロのための行動には全ての人の参加が不可欠だ。目の前の美しい風景をこのまま子どもたちに手渡していこう。

ネットゼロは、今や国家や企業だけの必修科目ではない。今年四月、IPCCの第六次評価報告書第三作業部会報告書では、「行動と生活様式を変えることにより、速いスピードで、エンドユーザーにおける全世界の年排出量を少なくとも五%削減できる」と明確に述べている。つまり、「ライフスタイルを変える」ことにより、誰もがネットゼロに寄与することができるのだ。たとえば、菜食にする、食べ物を浪費しない、過度な消費をしない、エアコンの使用を減らす、長持ちして修理可能な製品を使う、カーシェアリングをする等である。

気候変動と世界的な気温上昇という大きな流れの中、多くのことが既に「不可逆」の臨界点を超えてしまったように見える。しかし、全世界の国、政府、企業、個人がそれぞれできうる限り行動を変えていこうとするなら、十年後、二十年後の世界は気候の専門家が予測するほど悲観的なものではないかもしれない。

ネットゼロを目指す行動は、マクロでは企業全体や国のシステムの転換から、ミクロでは暮らしの中の節約まで様々だ。今、地球のため、環境のために行う全ての努力が未来の自分や次世代の希望となるのだ。


(慈済月刊六六九期より)

    キーワード :